SP-1 (航空機)
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- 用途:戦闘機
- 分類:全天候戦闘機
- 設計者:OKB-155 (ミコヤン・グレヴィッチ設計局)
- 製造者:
- 初飛行:1949年4月23日(SP-1)
- 生産数:6機(すべて改造)
- 運用状況:不採用
SP-1(ロシア語:СП-1)は、ソビエト連邦のミコヤン・グレヴィッチ設計局が試作した戦闘機である。アメリカ合衆国国防総省(DoD)が割り当てたTypeナンバーはType 19[1]。MiG-15にレーダーを搭載して全天候戦闘機にする試みであったが、実用化に至らなかった。ただし研究はMiG-17の時代まで引き継がれ、SP-7がMiG-17Pとして採用されることになる。
1948年1月、ソビエト連邦(ソ連)当局は戦闘機開発を行う各設計局に対し、レーダーを搭載した全天候戦闘機の仕様書を提示した。これに対し、ミコヤン・グレヴィッチ設計局(以下、ミグ設計局)は操縦手とは別に専任のレーダー手を同乗させる必要があると考え、並列複座の製品«R»(後のI-320)案を提出した[2]。一方、ヤコヴレフ設計局は単発単座のYak-50を試作しており、ミグ設計局ではI-320と並行して、MiG-15を改造した単座のレーダー搭載戦闘機の試作も行うことになった[3]。ソ連の閣僚会議は同年12月7日には3つの設計局に航空機搭載レーダーの早急な開発を布告しており、MiG-15の改良型によって全天候迎撃機の配備が実現するのであれば、それが一番手っ取り早い手段だったのである[4]。
ミグ設計局では全天候型を試作するうえで、1機のMiG-15を改造し、SP-1と命名した。エンジンをMiG-15bisと同じクリーモフ VK-1に換装し、エアインテークの上部にレドームを追加、そこにA.B.スレプシュキンが開発した「トリイ(Торий)」レーダーを搭載した。重量増加に対応するため23mm 機関砲が取り外され、37mm 機関砲1門だけとなった[3]。
SP-1は並行開発していたI-320の初飛行から1週間後の、1949年4月23日に初飛行した[3]。試験は1950年1月20日まで行われ、空軍飛行研究所(NII VVS)による試験は同年5月20日に完了した。その結果、MiG-15以来の欠点である高速域でのウィングドロップ問題の解消や、主翼のねじれ剛性を高めることを目的に、内側の境界層分離板を厚くする改修が施された[5]。1951年にはクイビシェフ工場で新造された5機のMiG-15bisがSP-1仕様に改造され、MiG-15bisPと呼称された[6]。これらのうち1機が同年11月25日よりNII VVSでの試験に使用され、Tu-4やIl-28を相手に迎撃を行った[5]。
試験の結果、自動追尾機能を持たない「トリイ」レーダーの操作を操縦士が兼任するのは困難を極めると判断された[7]。その後、同系列のレーダーである「コーショーン(Коршун)」レーダーをMiG-17(原型3号機)に搭載したSP-2も試作され、1951年11月11日に初飛行したが、レーダー操作が難しい欠点は変わらず、不採用となった[8][9]。

一方、「トリイ」レーダーの保険として開発されていたのがV.V.ティホメーロフが開発していた「イズムルード(Изумруд)」レーダーであった。「イズムルード」レーダーは目標捜索と目標追尾で2基のアンテナを使用するレーダーで、捜索モードの探知距離は12 km程度だが、距離が2 km未満になると追尾モードに切り替わり、自動追尾を行うことができた。ミグ設計局はこちらならパイロットの負担を軽減できると考え、MiG-15bisに「イズムルード」レーダーを搭載したSP-5を1機改造した[6]。仕様の違いから機首形状も変わり、捜索用アンテナを機首上部に、追尾用アンテナをインテーク中央部に配置した。武装はSP-1とは逆に37mm 機関砲が外され、23mm 機関砲2門とした[5]。SP-5は1950年8月22日に初飛行し、9月9日まで試験が行われた[5]。試験の結果は良好だったが、I-330(製品«SI»、のちのMiG-17)の開発が進捗しているなかでMiG-15のレーダー搭載型を量産する必要性は乏しく、MiG-17のレーダー搭載型の開発に引き継ぐ形でSP-5の試験は終了した[6][10]。
MiG-17に「イズムルード」レーダーを搭載した試作機がSP-7で、5機が製造された[11][9][8]。武装はNR-23 23 mm機関砲3門(各100発)だった[9]。SP-7は1952年夏にNII VVSの試験を合格し、MiG-17Pとして制式採用、防空軍および海軍の航空部隊に配備された[9]。防空軍でMiG-17Pを運用したのは主にアゼルバイジャンやカザフスタン方面で、レーダーを操作しながらの迎撃任務は操縦士に負担を強いたが、訓練では晴天時の夜間であれば約9.5 km先のTu-4を探知できた[11]。
各型
ここでは番号順に記載するが、時系列はその限りではない。
- SP-1 (MiG-15bisP) / СП-1 (МиГ-15бисП)
- MiG-15に「トリイ(Торий)」レーダーを搭載した試作機[12]。追加改造機はMiG-15bisPと呼称[6]。
- SP-2 / СП-2
- MiG-17に「コーショーン(Коршун)」レーダーを搭載した試作機[9]。
- SP-5 / СП-5
- MiG-15に「イズムルード(Изумруд)」レーダーを搭載した試作機[12]。
- SP-6 (MiG-17PFU) / СП-6 (МиГ-17ПФУ)
- MiG-17PFにK-5(RS-2U、NATOコードネーム:AA-1 アルカリ)空対空ミサイルの搭載能力を持たせた試作機[13]。MiG-17PFUとして制式化されたが新規生産はなく、40機がMiG-17PFから改造された[8]。SP-6では固定武装としてNR-23 23 mm機関砲を1門残していたが、MiG-17PFUには搭載されていない[13]。
- SP-7 (MiG-17P) / СП-7 (МиГ-17П)
- MiG-17に「イズムルード(Изумруд)」レーダーを搭載した試作機。MiG-17Pとして制式採用[9]。
- SP-7F (MiG-17PF) / СП-7Ф (МиГ-17ПФ)
- MiG-17PのエンジンをVK-1Fに換装した機体(MiG-17Fと同仕様)[13]
- SP-8 / СП-8
- 「グラード(Град)」レーダーを搭載した試作機[14]。
- SP-9 / СП-9
- 「イズムルード-2(Изумруд-2)」レーダーとRS-2U空対空ミサイルを搭載した試験機[14]。
- SP-10 / СП-10
- MiG-17PFの627号機を使用した新型双砲身型機関砲の試験機[13]。
スペック
出典:「MiGシリーズの系譜」29頁(SP-1)[15]、「MiG Aircraft Since 1937」81、84頁(SP-2、SP-7)[16]
| SP-1 | SP-2 | SP-7 | |
|---|---|---|---|
| 全長 | 10.01 m | 11.85 m | 11.68 m |
| 全幅 | 10.08 m | 9.628 m | 9.628 m |
| 翼面積 | 20.6 m2 | 22.64 m2 | 22.64 m2 |
| 自重 | N/A | 4,010 kg | 4,154 kg |
| 離陸重量 | 5,038 kg | N/A | 6,280 kg |
| 最大速度 | 1,080 km/h | 1.109 km/h (高度3,000 m) | 1,115 km/h (高度3,000 m) |
| 実用上昇限度 | 16,000 m | 15,200 m | 14,500 m |
| 航続距離 | 1,340 km | 1,375 km | 1,290 km |
| エンジン | クリーモフ VK-1 遠心式ターボジェットエンジン ×1 |
クリーモフ VK-1F 遠心式ターボジェットエンジン ×1 |
クリーモフ VK-1A 遠心式ターボジェットエンジン ×1 |