STS-81のミッションでミールに向けて離陸するアトランティス
ドッキング中のミール宇宙ステーション
STS-81は、ミールへの予定された9回の飛行のうち5回目で、アメリカ側の宇宙飛行士の2回目の交代であった。1996年9月19日から滞在していたジョン・ブラハは、ジェリー・リネンジャーと交代した。リネンジャーはミールに4ヶ月以上滞在し、STS-84 で地球に帰った。
アトランティスは、スペースハブ 社のダブルモジュールを運び、ミッドデッキのロッカーとして用いられた。ミールとドッキングしていた5日間で、乗組員は水と食糧を運び込んだ。アトランティスの出発後、リネンジャーは宇宙遊泳 を行った。
STS-81のミッションでは、地球科学、基礎生物学、人間科学、微少重力、宇宙科学等の分野の実験が行われ、これらのデータは国際宇宙ステーション の設計や開発等に役立てることが期待された。
テーブルの周りに集まってロシア食を試食するジェリー・リネンジャー、ジョン・ブラハとジェフ・ウィソフ
STS-81では、それまでで最多となる2,710kgの荷物がミールに運ばれた。ドッキング中、635kgの水、516.1kgのアメリカ合衆国の科学機器、1,000.7kgのロシアの貨物、121.7kgの雑貨がミールに運び込まれ、570.0kgのアメリカ合衆国の科学機器、404.5kgのロシアの貨物、97.3kgの雑貨がミールからアトランティスに運ばれて地球に持ち帰られた。
1997年最初のスペースシャトルの飛行のハイライトは、118日間ミールに滞在したアメリカの宇宙飛行士ジョン・ブラハが地球に帰還したことと、2機の宇宙船がこれまでで最多の貨物を運搬したことである。アトランティスは、宇宙で完全なサイクルを過ごした最初の植物(種の状態で宇宙に持ち込まれ、種をつけた小麦 )を地球に持ち帰った。予定された9回のうちの5回目のNASAとロシア宇宙庁の共同ミッションとなり、リネンジャーはミールに滞在する3人目のアメリカ側の宇宙飛行士となった。スペースハブ社のダブルモジュールは、前回のミッションでも宇宙に行っており、2度目の宇宙の滞在となった。
ブラハは、1996年9月19日にSTS-79 でミールを訪れ、第22次長期滞在 のワレリー・コズルン 、アレクサンドル・カレリ と合流した。リネンジャーは、2月に第23次長期滞在 のワシリー・ツィブリエフ 、アレクサンドル・ラズトキン とドイツの研究者ラインホルト・エヴァルト が来るまで、この2人と過ごした。エヴァルトは短期間ミールに滞在した後、第22次長期滞在の乗組員とともに地球に戻った。1997年5月にSTS-84 でミールを訪れたマイケル・フォーレ と交代して、リネンジャーも地球に戻った。
STS-81のミッションでケネディ宇宙センターに帰還するアトランティス
ドッキングは1月14日22時55分ESTに行われ、翌15日0時57分にハッチが開けられた。リネンジャーは、公式には4時45分にブラハと交代した。
また、国際宇宙ステーションのロシアのサービスモジュールで使うために開発されたTreadmill Vibration Isolation and Stabilization System (TVIS)が試験された。国際宇宙ステーション関係のその他の活動としては、オービタの小さな副尺ジェットスラスタが点火され、データが集められた。
1月19日9時15分ESTにドッキングが解除された。アトランティスには、特に故障などはなかった。