TBS今週のポップスベストテン

From Wikipedia, the free encyclopedia

ジャンル 音楽チャート番組(洋楽)
放送方式 録音
放送期間 1975年 - 1984年
放送時間 30分(60分番組だった期間もあり)
TBS今週のポップスベストテン
ジャンル 音楽チャート番組(洋楽)
放送方式 録音
放送期間 1975年 - 1984年
放送時間 30分(60分番組だった期間もあり)
放送局 TBSラジオ
制作 TBSラジオ
パーソナリティ 小島一慶
ディレクター 藤田要 ほか
特記事項:
1982年より「TBSポップスベストテン」に改題
テンプレートを表示

『TBS今週のポップスベストテン』(ティービーエスこんしゅうのポップスベストテン)は、TBSラジオの制作で1975年4月から1984年3月まで放送された洋楽チャートラジオ番組。パーソナリティは小島一慶

本項では前身番組にあたる『今週のベスト・テン』『ホリデイ・イン・ポップス(TBSトップ40)』『全国ポップスホットテン』『TBS今週のベストテン』についても述べる。

『今週のベスト・テン』

TBSラジオのチャート番組の源流は、1957年1月に放送を開始した『今週のベスト・テン』まで遡る[1]

日本におけるチャート番組の草分けとされる『ユア・ヒット・パレード』(文化放送=1955年10月放送開始)から遅れること1年あまり、番組開始当初は水曜日の日中(午後2時から)の放送であった。

本番組の歴代パーソナリティには、若手時代の山本文郎[2]や鈴木史郎[3]といったTBSアナウンサーや、後にラジオ関東(現・ラジオ日本)の『全米トップ40』で進行役を務めることになる湯川れい子も名を連ねている[3]

『ホリデイ・イン・ポップス(TBSトップ40)』~『全国ポップスホットテン』

「今週のベスト・テン」は1969年に発展的解消し、『パック・イン・ミュージック』で人気だった俳優の若山弦蔵とディスクジョッキー・音楽評論家の八木誠、そして女性バイリンガルDJのはしりだったニッキー・山室(山室直子)のトリオによる新番組『ホリデイ・イン・ポップス』(日曜13時30分~)に内包される形で、新たに「TBSトップ40」として放送を開始。ただしチャートに関する各種記録の取り扱いは『今週のベスト・テン』から連続したものとされた(後継番組も同様)。

『ホリデイ・イン・ポップス』終了を機に、チャートの発表は『全国ポップスホットテン』のタイトルで再度独立番組となる(1970年10月)。パーソナリティは八木誠と牧村真吾。その後、パーソナリティはTBSアナウンサーの宮内鎮雄に交代し、この番組名での放送は1972年3月まで続いた。

なお、八木・牧村時代の音源は2020年6月8日のTBSラジオ『たまむすび』放送内で、当時の番組スポンサーだった三井造船(現・三井E&Sホールディングス)のコマーシャルとともにオンエアされている。

『TBS今週のベストテン』

1972年4月より、邦楽(歌謡曲)チャートと洋楽(ポピュラー)チャートの発表がひとつの番組に内包され、『TBS今週のベストテン』としてリニューアルされる。歌謡曲ベストテンとポピュラーベストテンは独立しており、それぞれのチャートを交互に発表する形であった。

ポピュラーのベストテン(番組内での呼称は「TBS今週のポピュラーベストテン」)は『全国ポップスホットテン』から引き続き宮内鎮雄が担当、歌謡曲のベストテン(番組内での呼称は「TBS今週の歌謡曲ベストテン」)は久米宏が担当した。

その後、ポピュラーベストテンの担当は小島一慶に交代。小島時代より、小島と久米がそれぞれサイコロを振り、「大きい目が出たほうの担当する曲を多く流す」というスタイルに変更。これは、邦洋両方のベストテンを発表するにもかかわらず放送時間が正味40分程度しかなく、イントロから流す曲を1曲でも多く増やしたいという苦肉の策でもあった。

番組概要

『TBS今週のポップスベストテン』として独立

1975年4月より歌謡曲とポピュラーのベストテンは分割され、歌謡曲ベストテンは『せんみつのわくわくサンデー~只今ヒット中~』(日曜12時40分~)のタイトルで独立番組となる(翌1976年より『TBS今週の歌謡曲ベストテン』に改題し、1977年より『ラジオリクエスト大賞 森田公一の青春ベストテン』となる)。ポピュラーベストテンも『TBS今週のポップスベストテン』と番組名を改めた上で独立番組となり、引き続き小島一慶の担当でランキングの発表が続くこととなった。

この番組改題・独立に際しても、ランキングに関する記録集計は『今週のベスト・テン』時代から連続・通算しての扱いとなっており、1979年には『今週のベスト・テン』スタートから20年あまりの通算記録が編纂され[1]、同年の大晦日には1970年代の10年間ランキング(詳細後述)が発表されている。

放送時間は当初月曜19:00 - 19:30だったが、その後は大半の期間で日曜2:30 - 3:00(土曜26:30 - 27:00)であった。

1982年より番組タイトルは『TBSポップスベストテン』に改題されたものの、番組内容・パーソナリティに変更はなかった。

月間ランク表の表面(1982年4月)。ここには5年前と10年前の月間ランキングが記されている。

ランク表

『ホリデイ・イン・ポップス(TBSトップ40)』時代より、希望するリスナーに対してランク表の配布が行われていた(右図参照)。

これは、返信用切手を貼った封筒を番組に送ることで貰えたもので、聴取者サービスの一環でもあった。

月間ランク表の裏面(1982年4月)。1か月間のランキング推移に加え、レコード番号や発売日なども付記されている。

TBSトップ40時代はほぼ毎週の発行で、楽曲名(原題)、アーティスト名に加えてレーベル・レコード番号が記載されたものであった。表紙にはパーソナリティ3名(若山・山室・八木)の写真があしらわれていた。

『TBS今週のベストテン』以降は月に1回の発行で、楽曲の週間ランキングに対して1位を20点、以下1点刻みで20位を1点としたものを集計し、月間ランキング形式にして掲載。ランクインしたすべての楽曲の週間順位推移はもちろん、レーベル・レコード番号・(日本盤)発売日が記載されており、資料的価値も非常に高いものであった。

各種記録

番組終了後

脚注

Related Articles

Wikiwand AI