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湯川れい子

日本の女性音楽評論家、作詞家、翻訳家 (1936-) From Wikipedia, the free encyclopedia

湯川 れい子(ゆかわ れいこ、1936年〈昭和11年〉1月22日[2][3] - )は、日本の音楽評論家、作詞家、女優。 本名・湯野川和子(ゆのかわ かずこ)[4]が田村駿禮(たむら たかのり)と結婚して田村和子になる。のちに離婚するが本名は田村和子のままにしている。吾妻麗子名義で女優として活動したこともある[5]。山形県米沢市育ち。

生誕 湯野川 和子
(1936-01-22) 1936年1月22日(90歳)
日本の旗 日本・東京府東京市目黒区芳窪町(現:東京都目黒区東が丘)
別名 R.H.Rivers
吾妻 麗子
助川 和子
職業 女優・作詞家
概要 ゆかわ れいこ 湯川 れい子, 生誕 ...
ゆかわ れいこ
湯川 れい子
生誕 湯野川 和子
(1936-01-22) 1936年1月22日(90歳)
日本の旗 日本・東京府東京市目黒区芳窪町(現:東京都目黒区東が丘)
別名 R.H.Rivers
吾妻 麗子
助川 和子
職業 女優・作詞家
受賞 1986年度 日本女性放送者懇談会賞[1]
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人物

東京府東京市目黒区芳窪町(現:東京都目黒区東が丘)に出生。父は海軍大佐・湯野川忠一[4][注釈 1]。忠一の従妹(父・湯野川忠世の妹の娘・礼子)は山本五十六の妻[7]。海軍大将・黒井悌次郎は大叔父(父方の祖母の弟)[7]。米沢藩家老・千坂高房は母方の祖先[7]。その他、父方の曾祖父の湯野川忠国は漢学者[7]。父方の祖父の湯野川忠世は全国農事会本部幹事でラ・フランスを日本に紹介した人物[7]。母方の祖父は仙台の高等裁判官であった[7]。陸軍中尉たる長兄・忠成は戦死[注釈 2]。次兄・守正は海軍大尉(海軍兵学校71期生)。第七二一海軍航空隊桜花隊の分隊長[8]で戦後は航空自衛隊空将補を経て日立製作所顧問。ロックバンド「ジン」のVo.ひぃたんは姪に当たる。作曲家・神山純一は甥(姉の息子)[7]。

東京府青山師範学校附属国民学校(現:東京学芸大学附属世田谷小学校)在学中(1944年4月12日)に父が肺炎のため死去。疎開先・山形県米沢市にて1944年6月から1947年3月まで過ごして東京に戻り、鷗友学園を卒業する。高校時代から現代俳優協会の研究生となり、1953年には日本青年館で舞台『未亡人』に出演し、女優としてデビュー[9]。また山本薩夫監督『太陽のない街』に「労組婦人部員」の端役として出演した他[9]、今井正監督『ここに泉あり』に女教師役で出演[10]。日活配給のB級映画『天下の若君漫遊記』にも端役で出演した[11]。芸能プロダクション「土曜会」に所属し、有島一郎の髷物コメディ『ありちゃんのおかっぱ侍』というテレビ番組に「芸者・駒子」役で短期間レギュラー出演した他[12]、芸人として米軍基地を慰問していたこともある[13]。芸能活動のかたわら、当時恋人だった大学生の影響で有楽町のジャズ喫茶「コンボ」に通い、ジャズに親しむ[14]。

1959年秋、湯川れい子名義(当時の肩書きは「CMタレント」)[15]による『スイングジャーナル』誌への投稿が大きな反響を呼んだことがきっかけで[16]同誌編集部員の岩浪洋三から声がかかり、インタビュアーならびにジャズ評論家として1960年に同誌にて執筆開始。その後ラジオのDJやワイドショーのコメンテーターなどでメディアに自ら出演。作詞、翻訳、ノンフィクション作家など活躍の場を広げる。日本作詩家協会会長、日本音楽著作権協会 (JASRAC) 理事、日本大衆音楽文化協会理事も務める。日本ペンクラブ会員。

1965年、エミー・ジャクソンの歌った「涙の太陽」をR.H.Rivers名義で英語で作詞し、当時日本コロムビアの洋楽レーベルであったCBSから発売された。R.H.Riversとは「れい子・湯川」を直訳した「レイコ・ホット・リバース」の略である[17]。同時期に青山ミチのヴァージョンのために日本語詞も書き、その日本語詞がのちに安西マリアに歌われることになる。安西マリア、サンディー、田中美奈子、メロン記念日、川本真琴などがカバーした。

1966年6月29日(水)にビートルズが訪日した際に湯川は「『ビートルズが欲しがっている』という警備腕章をビートルズに届ける」という名目でビートルズが泊まっている東京ヒルトンホテル客室10階に7月2日(土)夜に行きビートルズに面会するがジョン・レノンは無視。ビートルズ解散後に湯川はジョンにインタビューした際に「あの時なぜ私を無視したんですか?」と質問するとジョンは「あの頃、僕らのホテルにまで入って来られるのは権力者かコネのある売名目的のつまらない連中ばかりで、俺らはそういう連中にウンザリしていて君もそういう人間なんじゃないかと疑ってしまったんだ」と回答。

エルヴィス・プレスリーの熱烈なファンでありライナーノーツを数多く書いている。ラジオのDJ歴は数十年である。

邦楽で好きなアーティストは桑田佳祐、長渕剛[18][19]など。長渕の『Captain of the Ship』『家族』『ふざけんじゃねぇ』のライナーノーツも書いている。

最初の夫は湯川が小学校6年生の時から湯川の実家に下宿していた男性で一橋大学卒の会社員[20]。1950年代、女優時代に入籍し[21]、1966年に離婚[22]。二番目の夫の田村駿禮(=たかのり、のち熾鴻と改名。当時は電化製品販売会社経営で、のち宝石商となる)とは1972年のエルビス・プレスリーのハワイコンサートが縁で知り合い、エルビスを結婚証明書の証人として1973年8月10日に結婚したが[23]、1993年に田村の愛人問題と隠し子が発覚し、1998年に離婚した[24]。

鳩山幸・細川佳代子・下村満子と共にコーラスグループ「スワンシスターズ」を結成し音楽活動を行っている。また、亀渕友香をコーチとしたゴスペルグループ「東京女声合唱団」を結成。常に40名ほどのメンバーとボランティアに近い演奏活動をしている。

原発問題・放射能問題についての団体「オペレーション・コドモタチ」の賛同者でもある[25]。

「14世ダライ・ラマ法王と中国政府首脳との直接対話を求める声明文」に賛同者として名を連ねている[26]。

父や兄たちが戦争に巻き込まれた自身の体験から、SNSで戦争反対を訴え続けている[6]。

病気

作詞

あ行

か行

さ行

た行

な行

は行

ま行

や行以降

社会活動

反核運動

日本文化人の中でも盛んに社会活動を行う人物の一人。政治的問題に踏み込むことも珍しくない。女優時代、18歳の時に受けたインタビューで既に「どうか原水爆禁止運動を推し進めてください」と語っている[27]。1980年代中期には芥川也寸志が会長を務める「反核・日本の音楽家たち」という会に所属[27]。環境問題や反戦平和運動などボランティア活動も積極的に行っている。このため、社会民主党から東京都知事選挙への出馬を要請されたことがあるが、辞退をしている。

1996年には内閣府の原子力政策円卓会議の構成員として原発に反対意見を述べる[28]。1999年、東海村JCO臨界事故の発生時には原子力長期計画策定会議に在籍し、やはり原発に反対している[28]。「原発ゼロをめざす7.2緊急行動」(2011年7月2日東京。福島第一原発事故関連。他に市原悦子・根岸季衣などが参加)にも呼びかけ人として加わった[29]。

環境保護運動

1989年、「ウーマン1000」を結成し、黒柳徹子、加藤登紀子らと環境保護運動に取り組んでいる[30]。

九条の会

「九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人[31]、「世田谷・九条の会」呼びかけ人を務めている[32]。

意見広告7人の会

北朝鮮による日本人拉致問題解決を求める意見広告をニューヨーク・タイムズに掲載する運動を行った「意見広告7人の会」呼びかけ人に名を連ねる(残りの6人は有田芳生、勝谷誠彦、加藤哲郎、重村智計、高世仁、日垣隆)。

中央教育審議会

文部科学省中央教育審議会委員(第3期)を務めた。

USEN放送番組審議会

株式会社USENの放送番組審議会委員を務め現在は委員長を務めている。

著書

単著

  • 『ディスクジョッキー修業』(ブロンズ社、1970年)
  • 『幸福へのパラダイム』(海竜社、1989年、第10回日本文芸大賞ノンフィクション賞)
  • 『幸福への共時性』(海竜社、1993年)
  • 『オーロラ・光ふる夜』(PHP研究所、1997年)
  • 『幸福への旅立ち』(海竜社、1999年)
  • 『湯川れい子の今夜もひとりかい』(共同通信社、1999年)
  • 『熱狂の仕掛け人』(小学館、2003年)
  • 『湯川れい子のロック50年』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2006年)
  • 『湯川れい子のスピリチュアル生活 七曜日の恵み』(海竜社、2009年)
  • 『エルヴィス・プレスリー アルバム随想』(アニカ、2012年)
  • 『幸福へのパラダイム』(海竜社、2018年)
  • 『音楽は愛』(中央公論新社、2018年)
  • 『女ですもの泣きはしない』(KADOKAWA、2018年)
  • 『時代のカナリア』(集英社、2022年)

共著

翻訳

  • 『結婚であなたが幸せになる13の法則』(PHP研究所、1999年)
  • 『虹の橋』(宙出版、2006年、絵本)

出演

テレビ番組

ラジオ番組

  • ヤマハ・ナチュラルサウンズ(TBSラジオ)
  • ミュージックインピアザ(TBSラジオ)
  • American Top 40(ラジオ日本)[2]
  • U.S.Aトップ100(ラジオ日本)[2]
  • Music Ramble(FMヨコハマ)

映画

ウェブ番組

脚注

外部リンク

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