いつか誰かが殺される
映画
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書誌情報
- 『いつか誰かが殺される』 1981年、カドカワノベルズ
- 『いつか誰かが殺される』 1984年、角川文庫、ISBN 4-04-149716-7
- 『いつか誰かが殺される 赤川次郎ベストセレクション(11)』 2009年、角川文庫、ISBN 978-4-04-387012-7
映画
角川春樹事務所・東映の製作、東映の配給により1984年10月10日に公開された[5][6][7]。渡辺典子主演、崔洋一監督[8]。キュートでアクティブな女の子が、絵空事、荒唐無稽な設定の中で、ひと夏の東京を舞台に体験するスリリングな出来事を描く[8][9]。同時上映は和田誠監督の『麻雀放浪記』。
ストーリー
永山財閥の家長である志津は誕生パーティーに子供たちを呼びパーティを開催、その時のゲームで子供たちの名前を組み合わせた「モリヤアツコ」という18歳の女性を招待できるか、賭けをすることにした。
実際に存在した女子高生の守屋敦子はそんなことは知らずに久々に父の陽一とデートを楽しんでいた。
途中ブティック店に立ち寄り、敦子が試着している最中に父・守屋陽一のポケベルが鳴り公衆電話をかけに外に出た際、男二人組に声をかけられ忽然と姿を消してしまう。
父の陽一はブティック店を出る際に不吉な予感を感じ万が一を考え敦子のバッグにそっと一枚のフロッピーディスクを隠し入れた。
後にそのフロッピーディスクを見つけ、敦子が帰宅すると、家はめちゃめちゃに荒らされていた。
翌日には父の勤務先である新聞社を訪れるが、すでに新聞社はつぶれていた。
敦子はクラスメイトの渡壁正太にフロッピーの解読を依頼、ブティック店長の高良(こうら)たちの協力を得て事件の真相を探るのだった。
父親の失踪とともに謎の事件に巻き込まれた女子高校生・敦子がいろいろな人間に出合い成長していく姿を描く[10]。
キャスト
スタッフ
製作
企画
製作者の角川春樹は、崔洋一監督のデビュー作である『十階のモスキート』を鑑賞し、「こういう社会派もこれからのアイドル映画に必要だ。子供に釣られて来た大人を満足させる映画を作らなければならない」と感じて、本作の監督に呼び寄せたという[11]。崔は自分のとこに話が来るのが不思議で2日悩んだ[9]。当時は「安くて早くてうまい」監督が珍重され[7]、崔は仕事のオファーがなくなっていたこともあり[7]、懇意にしていたセントラル・アーツの黒澤満プロデューサーから「やった方がいいと思う」とアドバイスを貰い[9]、引き受けた[9]。崔は「赤川次郎物という俺にとっては未知の世界だし、ましてやアイドル映画だった。監督することには、そういう楽しみと苦しみがあった」と述べている[12][13]。実制作はセントラル・アーツが行った[7]。
脚本
赤川次郎は「なぜこの原作が映画になるんだろう」と不思議がっていた代物[9]。赤川の原作は、大財閥当主の一族が展開する騙し合いの殺人ゲームだったが[1][6][14]、原作から取った部分は一行半か二行で[7]、崔洋一と脚本の高田純はまったく違うストーリーに作り替え、ほぼオリジナル脚本[6][7][9][13]。渡辺典子主演は最初からの発注であったため[9]、渡辺のそれまでの3本の出演作を検討、まず渡辺をどういうキャラクターにするかから始まり、原作にチラッ出てくるスパイの娘というプロットを膨らませ、内閣情報調査室崩れの娘に設定した[7][9]。人がやったことは避けたいと考えた崔は、渡辺は新宿あたりに遊びに行く娘ではなく、ブルジョアのお嬢さんというのも芸がないと、そこそこ普通の娘、けれど風に立ち向かっていく能動的な娘と設定した[9]。
また崔は自身のルーツであるアジアンテイストを意識し、ヒロインを満洲馬賊の末裔に設定したのを始め、無国籍な根無し草的な人たちをたくさん出し、越境者を描く話に改変した[7]。崔は角川三人娘のうち、渡辺は他の二人と違い、ある種の深淵、暗さがあると評価しての変更だった[7]。原作を一切無視した改変ぶりに、原作者の赤川次郎は初号試写の後、監督の崔に対し「これは僕の作品ではありません」と言い放った[7]。これについて製作者の角川春樹は「赤川さんがどう言われようと、私は事前に断り、赤川さんの本をちゃんと売りましたから」と後のインタビューで反論している[15]。角川が崔に出した唯一の要望は、主演の渡辺をスターにすることだったという[16]。試写終了後、角川は崔に「次は北方謙三をやれ!」と、『過去、リメンバー』『さらば、荒野』『友よ、静かに瞑れ』の3冊を渡し、崔は『友よ、静かに瞑れ』を映画化することになる[7][11]。
撮影
黒澤満プロデューサーが崔とカメラの浜田毅を組ませたとされる[17]。高良和夫(古尾谷雅人)、梨花(松原千明)、趙烈豪(白竜)らたちは、外国人を雇って偽ブランド品を大量に扱うヤバい組織[6][7]。倉庫に従業員が共同で暮らし、手入れの情報が伝わると度々夜逃げするグループだが、これを崔は生き生きと描く[6]。パーティが開かれ、白竜がレゲエ調の「ミステリアス」を披露した後、飛び入りで渡辺典子がジャニス・ジョップリン風に「サマータイム」を歌う[9]。ヘタではないが10代の娘が歌うには難がある[9]。ギターを肩に担ぐが演奏はしない。
シナハンの段階で「東京から離れまい、全部東京にしよう、セットもやめて、オール都内ロケで、俺たち自身が走ろう」と決めた[9][17]。東京の顔、風景、それもよく出る新宿や原宿とは違う切り口を見せようと企図した[9]。食糧ビルディング、紅三スタジオ、霞が関、新川、赤坂見附、首都高速、永田町、桜田門、浅草、新橋など、ワザと王道をそらせた1984年夏の東京が活写されている[9]。今までの映画にない美しい東京が撮れているという評価もあった[9]。何度か挿入される夕陽は、ラストで河と説明されるため、ダイナミックに水平線に沈む夕陽が必要で、いい夕陽が撮れず、あらかた撮影を終えた後、カメラの浜田が何度も新潟県の日本海に撮影に行ったという[17]。
作品の評価
第58回キネマ旬報ベスト・テンでは69位と最下位[6]。読者選出圏外[6]。