橋爪功

日本の俳優 (1941-) From Wikipedia, the free encyclopedia

橋爪 功(はしづめ いさお[2][注 1]1941年昭和16年〉9月17日 - )は、日本俳優演劇集団 円前代表、円企画所属(2026年2月まで)[1]

生年月日 (1941-09-17) 1941年9月17日(84歳)
身長 168 cm
血液型 O型
概要 はしづめ いさお 橋爪 功, 生年月日 ...
はしづめ いさお
橋爪 功
生年月日 (1941-09-17) 1941年9月17日(84歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府大阪市
身長 168 cm
血液型 O型
職業 俳優
活動期間 1962年 -
活動内容 俳優
著名な家族 橋爪遼(息子)
橋爪渓(娘)
所属劇団 演劇集団 円
事務所 円企画( - 2026年2月)[1]
主な作品
テレビドラマ
新・赤かぶ検事奮戦記』シリーズ
ヤマ勘記者の事件日誌』シリーズ
京都迷宮案内』シリーズ
旅行作家・茶屋次郎』シリーズ
和泉教授夫妻シリーズ
結婚泥棒
ドクター小石の事件カルテ』シリーズ
指紋捜査官・塚原宇平の神業』シリーズ
雪冤
映画
お日柄もよくご愁傷さま
東京家族
家族はつらいよ』シリーズ
舞台
スカパンの悪だくみ
『し』
ハムレットQ1
シラノ・ド・ベルジュラック
レインマン
受賞
日本アカデミー賞
第13回 優秀助演男優賞
第15回 優秀助演男優賞
第20回 優秀主演男優賞
第37回 優秀主演男優賞
その他の賞
受賞歴参照
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経歴

生い立ち

大阪府大阪市東住吉区に生まれた[3]。路地奥の上下に二間、内風呂と小さな庭のある借家で育つ[3]。父は和歌山県海南出身[3]。母は愛人であり[4]、父には本妻が別にいた[3]。11才上の兄はいったん母親の兄の籍に入った後、父の籍に入ったので、当初は功が母の戸籍上では長男となっていた[3]

子どもの頃は、父の影響で歌舞伎や映画を観るのが好きな子だった。明るく目立ちたがり屋なこともあり、東田辺小学校では生徒会長を買って出た[5]

学生時代

大阪教育大学附属平野中学校へ進学した後、そこで出会った友人がサルトルカミュの作品を読んでいた影響で自身も文学作品を読むようになった[5]。中学2年で父親を亡くす[6]。父の本妻は病弱だったため、父の死後まもなく亡くなった[6]

大阪府立天王寺高等学校1年の2学期、東京に転居して東京都立青山高等学校に転校した[6]。父が残してくれたお金で世田谷区千歳烏山に家を建てて暮らし始める。高校の文化祭でたまたま見た演劇部の「獅子」という舞台に感激し、入部した[5]。その後学力が下がったことで国立大学は学力的に厳しく、私立大は経済的に難しいことから大学進学を断念[5]

俳優として

ある日新聞で文学座が10年ぶりに研究生を募集するという記事を偶然見つけて[5]1961年文学座附属演劇研究所の1期生に応募し合格[注 2]。同期には岸田森草野大悟寺田農樹木希林小川眞由美北村総一朗がいた。1963年、文学座を離れ劇団雲に参加する。1974年、尊敬する芥川比呂志演出の舞台『スカパンの悪だくみ』で大阪弁でスカパンを演じ、この仕事が俳優としての転機となり一躍演劇界のスターとなる。

1975年、芥川、仲谷昇岸田今日子有川博らとともに、演劇集団 円の創立に参加。2006年、前代表の仲谷昇の死後、演劇集団 円の代表となり2023年まで務めた。野田秀樹との二人芝居『し』や、椎名桔平と共演の『レインマン』など、外部出演も多い。

30代後半からテレビドラマに出演するようになり、その後は連続・2時間モノを問わずにコンスタントに出演。しかも主役から脇役まで幅広く演じ分けて個性を発揮(若い頃は脇役専門で、1970年代から1980年代には悪役として活動)。主役を演じるようになったのは50代に入ってからだが、2時間ドラマでの主演が多く、『京都迷宮案内』など、シリーズ化されたものもある。

他にも海外ドラマの吹き替えや、中学校国語科教科書音声教材CD(光村図書版)での魯迅『故郷』の朗読などもこなしている。

2010年1月に放送されたFMシアター『かわり目〜父と娘の15年〜』(NHK大阪放送局製作)では、放送文化基金賞演技賞受賞。

2011年、第46回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。

所属していた円企画を2026年2月28日をもって退所したことが、3月5日に円企画の公式サイトで発表された[1]

受賞・栄典

人物・エピソード

対人関係

  • 青山高校の同級生には仲本工事がいた。クラスが同じだったこともあり、つり輪など体操を教えてもらったこともある[16]
  • 北村総一朗は文学座に在籍した頃から「40年来の友人」で、北村は「仕事のなかった若い時はお互いに悶々としていた」と回想する[17]。北村とは、『新・京都迷宮案内』シリーズでも共演している。
  • 芥川比呂志を尊敬しており、「文学座で芥川比呂志に出会ったことが“僕の人生におけるエポック(新時代)の幕開け”と評している[5]。懸命に演劇に取り組む芥川から新劇の面白さを教わった橋爪は、文学座を退所した後劇団「雲」、演劇集団 円と芥川について行くこととなった。
  • 田村正和とは1993年に公開の映画『子連れ狼・その小さき手に』、『カミさんの悪口』で共演して以来親しくなり、テレビ局ではなく田村のマネージャーから直接、田村の出演作への出演やナレーションを頼まれるなど、多くの作品で共演した[18]
  • 石倉三郎とは親交があり、「(橋爪の)唯一の友達」と本人から言われたほど。
  • 吉行和子とは、ドラマ『愛していると言ってくれ』映画『お日柄もよくご愁傷さま』、映画『東京家族』、『家族はつらいよ』シリーズなとで夫婦役で頻繁に共演しており交流も深い。
  • 野際陽子とは、映画『善人の条件』、ドラマ『ずっとあなたが好きだった』『スウィート・ホーム』『ヤマ勘記者の事件日誌』『京都迷宮案内』『新・京都迷宮案内』(無印から9シリーズ連続共演)『笑う三人姉妹』など、頻繁に共演しており交流も深い。
  • 布施博とも共演が多く義理の親子役という立場での関係性が多かった。『ずっとあなたが好きだった』や『スウィート・ホーム』では義理の親子役。『大家族ドラマ 嫁の出る幕』では実の親子役での共演だった。
  • 最初の妻と離婚後に、舞台で共演した小川眞由美と婚約した。籍を入れないまま同棲していたが(事実婚)、数年後に婚約を破棄して別れている。
  • NHKドラマ「海も暮れきる」の中で酒乱の尾崎放哉を演じた。原作者の吉村昭は、その迫真の演技に「橋爪は本物の酒乱ではないかと疑い、一緒に酒を飲むときに恐怖を覚えた」という。
  • 高橋一生と親交が深い[19]

その他のエピソード

  • 若い頃は、出番の多い役が回ってくることは稀で、裏方の仕事も担当していた。「演技を学ぶどころか、大道具の積み込みとバラシばかりうまくなって(…)そういう恨みつらみがパワーになって、ここまで続けてこれたという面もあるんでしょう」と回想している[20]
  • 舞台では小さな劇場が好みだという。「(小さな劇場では)お客さんとの距離感や独特の緊張感は特別(…)意外かもしれませんが、お客さんの側にいるのが好きなんです」と語る[21]
  • 先述の通り舞台『スカパンの悪だくみ』の演技により演劇界で注目されたもののまだまだ生活は楽にならず、1989年のNHK連続テレビ小説青春家族』に出演した頃(当時48歳)からようやく役者で食べていけるようになった[5]
  • 『青春家族』のロケで静岡県土肥町を訪れて以来、演劇集団 円のメンバーや地元の住民たちとともに、年に1回は同町で野外演劇「菜の花舞台」を行っており、2021年現在で26回ほどを数える(ただしコロナ禍のため2年間は中止となった)[5]
  • かつて多数演じていた悪役にはこだわりがあり、「“物分かりの良い上司"なんていう役もけっこう来るんだけど、たまには悪役もやりたいんだ(…)悪役に見えて実際は良い人だった、というんじゃなく、圧倒的に悪い、絶対に側にいてほしくないような人物も演じたいんですよ」と話している[22]
  • 2006年の『輪舞曲』(1月 - 3月)、引き続き同枠の『おいしいプロポーズ』(4月 - 6月)に出演。日曜劇場の連投は、稀なケースである。
  • 福岡ソフトバンクホークスの大ファン(南海ホークス時代からのファン)。

家族・親族

橋爪家

和歌山県海南市大阪府大阪市東住吉区東京都世田谷区

父・徳松教育者実業家
父・徳松(1893年(明治26年)2月生[23])は和歌山県海南出身で、家は極貧だったが頭が良かったので地元の篤志家がを出してくれて、中学を二年飛び級して大学に行った[3]。中学まで二里の道を毎日歩いた[3]。学校までの中間地点にいつも徳松が野糞をするの木があって、地元の人はそこを“徳松の松”と呼んでいた[3]。橋爪が物心ついた頃は徳松は大阪電気商会重役だったが、昔は旧制の天中(天王寺中学)で化学の先生をしていた[3]。そのうち何を思ったか教師をやめて東北大学法科に入り直した[3]。そして満鉄関係の仕事で中国に渡ったりした[3]汚職で一遍刑務所に入ったことがあった[3]。母は「お世話になってた人を庇(かば)って服役した」と述べている[3]。1年半後に出てきて、新しい会社を紹介してもらってそこの重役になった[3]。変わった人だった[3]。橋爪によれば「小柄ですし、男前でもなかったけど、ちょっと色気のある男だった。よく歌舞伎に連れてってくれた。いつも苦虫噛みぶしたような顔していた」という[4]。橋爪によると「父は、兄を厳しく育てたが僕には優しかった」とのこと[5]
略歴 - 1916年東京高等工業を卒業[23]。横浜舎密化学研究所に入り朝鮮電気興業に転じ大阪府立天王寺中学大阪今宮工業学校教諭となった後、1927年東北帝大法文学部を卒業後、大阪織物に入社[23]1938年専務[23]1941年には大阪電気商会大阪暖房商会取締役支配人に就任[23]宗教浄土宗[23]趣味は観劇[23]
母・きぬ
徳松より13歳年下(1906年生まれ)で、船場の甘い物屋の娘だったという[4]1989年没(享年83歳)[24]
兄、姉
兄は、橋爪と同じく天王寺高校に進学し、橋爪が6歳の頃演劇活動をしていた兄に駆り出されて子役として舞台に上がったこともある[5]。その後東京で働き始め、母と橋爪の上京は自身を頼ったことによるもの。
橋爪によれば「兄貴は11上で間に姉(橋爪の7歳上[5])がいるんですけど赤ん坊の時に本妻さんにあげちゃったんです。本妻さんには子供がなかったから。うちの姉は呑気な人でね。顔は誰が見たってうちのお袋とそっくりで本妻さんには全然似てないのに結婚するまで本妻さんが本当の母親だと思ってたの(笑)。楽天的なんです、お袋に似て。」という[3]
現在の妻
橋爪が45歳の時に20歳年下だった妻と再婚した。橋爪によるとこの頃からCMなどの仕事が来るようになったりNHKのドラマ『青春家族』への出演が決まるなど、「再婚で僕の人生の風向きが変わった気がする」と評している[5]
息子・貴明[25](演出家・振付師・音楽監督)、橋爪遼
娘・渓(女優、歌手、振付師)

出演

テレビドラマ

NHK

日本テレビ

TBS

フジテレビ

テレビ朝日

テレビ東京

朝日放送

WOWOW

BSスカパー!

  • 藤沢周平新ドラマシリーズ「橋ものがたり-吹く風は秋-」(2017年) - 主演・弥平 役
  • 帰郷』 (2020年)

その他

映画

舞台

劇場アニメ

テレビアニメ

  • ムーミン(1969年 フジテレビ) - 初期のエピソードにゲスト出演。

その他アニメ

吹き替え

主役のキャノンの声は瑳川哲朗。声のゲストはほかに和崎俊哉等。

ラジオ

教養番組

CM

スチール

配信ドラマ

その他

脚注

参考文献

外部リンク

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