アダム・ロサレス

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1983-05-20) 1983年5月20日(42歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
195 lb =約88.5 kg
アダム・ロサレス
Adam Rosales
テキサス・レンジャーズでの現役時代
(2014年7月1日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州クック郡パークリッジ
生年月日 (1983-05-20) 1983年5月20日(42歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 2005年 MLBドラフト12巡目
初出場 2008年8月9日
最終出場 2018年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アダム・M・ロサレスAdam M. Rosales, 1983年5月20日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州クック郡パークリッジ出身の元プロ野球選手内野手)。右投右打。愛称はロジーRosie[1]

プロ入り前

メキシコ系アメリカ人の家系に生まれ、メイン・サウス高等学校英語版西ミシガン大学と進学した。

プロ入りとレッズ時代

シンシナティ・レッズでの現役時代
(2009年)

2005年MLBドラフト12巡目(全体362位)でシンシナティ・レッズから指名され、6月9日に契約した[2]

2008年8月9日のヒューストン・アストロズ戦で代打としてメジャー初出場。その後も負傷したジェリー・ヘアストン・ジュニアの代役として試合に出場した。

2009年シーズンは傘下のAAA級ルイビル・バッツで開幕を迎えたが、4月28日に故障者リスト入りしたエドウィン・エンカーナシオンに代わって昇格した[2]

アスレチックス時代

オークランド・アスレチックスでの現役時代
(2011年6月6日)

2010年2月1日にアーロン・マイルズとのトレードで、ウィリー・タベラスと共にオークランド・アスレチックスへ移籍した[2]

2013年7月31日にDFAとなった[2]

レンジャーズ時代

2013年8月2日にウェイバー公示を経てテキサス・レンジャーズへ移籍したが、5日にDFAとなった[2]。8月8日にウェイバー公示を経てアスレチックスに復帰するが、10日に再びDFAとなり、ネルソン・クルーズが禁止薬物使用で50試合出場停止となった影響で、12日にウェイバー公示を経てレンジャーズが再びロサレスを獲得した[3]。そのため、わずか10日間で3度もDFAを受ける形となった。

2014年3月30日にDFAとなり、4月2日にマイナー契約で傘下のAAA級ラウンドロック・エクスプレスへ降格した[2]。降格後はAAA級ラウンドロックで72試合に出場し、6月30日に再びレンジャーズとメジャー契約を結んだ[4]。この年は56試合に出場して打率.262、4本塁打、19打点、4盗塁を記録した。オフの12月2日にノンテンダーFAとなった[5]

2015年1月5日にレンジャーズと90万ドルの1年契約で再契約した[6][7]。5月9日のタンパベイ・レイズ戦では、二塁走者だったアズドルバル・カブレラが二塁への牽制に対してスライディングしセーフとなったが、この際に二塁手だったロサレスが膝で塁を塞いでいたため、これに激高しカブレラに胸を両手で押された。これに両軍総出の一触即発の場面となったが事態が収まった後に、ベース上でロサレスがカブレラに謝罪し事なきを得た[8]。8月19日にDFAとなり[9]、23日に自由契約となった[2]

パドレス時代

2016年1月1日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ。4月3日にメジャー契約を結び、開幕をメジャーで迎えた。オフにFAとなった[2]

アスレチックス復帰

2017年1月25日にアスレチックスと1年契約を結んだ[10]

ダイヤモンドバックス時代

2017年7月31日にジェファーソン・メヒアとのトレードで、アリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した[11]。オフの11月2日にFAとなった[12]

インディアンス時代

2018年2月1日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んで同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになったが、3月23日に自由契約となった[13]

その後、3月27日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ。シーズンでは傘下のAAA級コロンバス・クリッパーズでプレーし、114試合に出場して打率.239、18本塁打、61打点、3盗塁を記録した。9月4日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[14]。この年メジャーでは13試合に出場して打率.211、1本塁打、2打点を記録した。オフの10月29日にFAとなった[2]

ツインズ傘下時代

2019年2月8日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んで同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。3月22日に自由契約となったが、3月28日に再びマイナー契約を結んだ[2]。シーズンでは開幕から傘下のAAA級ロチェスター・レッドウイングスでプレーした。

インディアンス傘下時代

2019年5月4日に金銭トレードで、インディアンスへ移籍した。移籍後はAAA級コロンバスでプレーし、移籍前を含めた2球団合計で76試合に出場して打率.210、7本塁打、26打点、1盗塁を記録した。オフの11月4日にFAとなった[2]

引退後

2019年11月5日にアスレチックス傘下のマイナーのコーチへの就任が報じられた[15]

プレースタイル

捕手を除く内野の4ポジションと左翼も守ったことがある様に典型的なユーティリティプレイヤー。2015年6月26日のトロント・ブルージェイズ戦、同年7月28日のニューヨーク・ヤンキース戦では投手としても出場した[16]

本塁打を打った後に全力疾走に近いスピードで塁を一周して帰って来るのも特徴的だった[17]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2008 CIN 1830290610072100010040.207.233.241.475
2009 8726623023491014731912232605462.213.303.317.620
2010 OAK 8027925531698271023122221901651.271.321.400.721
2011 246861560021280002401134.098.162.197.358
2012 4211199122250233800011110244.222.297.333.631
2013 51154136112650443800401014314.191.267.316.583
TEX 1712114200154000100030.182.167.455.621
'13計 681661471528505481200411014344.190.259.327.586
2014 561811642043704621942001303425.262.328.378.706
2015 53125114142640339744001001304.228.296.342.638
2016 SD 1052482143749123131063540042921882.229.319.495.814
2017 OAK 7122320515481104712711331002662.234.273.346.619
ARI 34898410175033190111112344.202.227.369.596
'17計 1053122892565160710236124411141006.225.260.353.613
2018 CLE 1321194410182001010050.211.250.421.671
MLB:11年 65118071621186367696485921791712131713552045132.226.291.365.656

背番号

  • 60(2008年)
  • 23(2009年)
  • 7(2010年 - 2011年)
  • 17(2012年 - 2013年)
  • 9(2014年 - 2016年、2017年8月1日 - 同年終了)
  • 16(2017年 - 2017年7月30日)
  • 32(2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI