アッキネーニ・ナーガールジュナ

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本名 アッキネーニ・ナーガールジュナ・ラオ(Akkineni Nagarjuna Rao[1][2]
生年月日 (1959-08-29) 1959年8月29日(66歳)
アッキネーニ・ナーガールジュナ
Akkineni Nagarjuna
Akkineni Nagarjuna
ANRナショナル・アワード授賞式に来賓として出席するナーガールジュナ(2024年)
本名 アッキネーニ・ナーガールジュナ・ラオ(Akkineni Nagarjuna Rao[1][2]
生年月日 (1959-08-29) 1959年8月29日(66歳)
出生地 インドの旗 インド マドラス州英語版マドラス
職業 俳優映画プロデューサー実業家
活動期間 1986年 -
配偶者 ラクシュミー・ダッグバーティ(1984年-1990年)
アマラ・アッキネーニ(1992年-)
著名な家族 ダッグバーティ=アッキネーニ家英語版参照
主な作品
我ら〜愛の継承〜英語版
ブラフマーストラ
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アッキネーニ・ナーガールジュナ(Akkineni Nagarjuna、1959年8月29日[3] - )は、インドテルグ語映画ヒンディー語映画で活動する俳優映画プロデューサー、テレビ番組司会者、実業家ナンディ賞フィルムフェア賞国家映画賞など数多くの映画賞を受賞しており、1996年に製作した『Ninne Pelladata』では国家映画賞 テルグ語長編映画賞英語版を受賞した。実業家としてアンナプルナ・スタジオ英語版アンナプルナ国際映画メディア学校英語版を経営している[4][5][6]

1959年にテルグ語映画のスター俳優アッキネーニ・ナゲシュワラ・ラオの息子としてチェンナイに生まれる[7]。アッキネーニ一家はハイデラバードに移住し、ナーガールジュナはハイデラバード公立学校英語版リトルフラワー・ジュニア・カレッジ英語版を卒業した。その後はアンナ大学英語版の首席構成校グインディ工科大学英語版に1年間在籍してエンジニアの学士号を取得した[8]。また、東ミシガン大学に留学して機械工学の学士号を取得している[9][10]

1984年にテルグ語映画界の重鎮ダッグバーティ・ラーマナイドゥの娘ラクシュミー・ダッグバーティと結婚して息子ナーガ・チャイタニヤ英語版をもうける。1990年にラクシュミーと離婚し、アマラ・ムカルジーと再婚して息子アキル・アッキネーニ英語版をもうけた。

キャリア

ナーガールジュナ夫妻とナーガ・チャイタニヤ
ティーチAIDS2010のイベントに出席するナーガールジュナ、アヌシュカ・シェッティスワティ・レッディ英語版
ナーガールジュナとナレンドラ・モディ

1961年に『Velugu Needalu』に幼児として出演し、1968年には『Sudigundalu』に子役として出演した。両作は共にアードゥルティ・スッバ・ラオ英語版が監督、父ナゲシュワラ・ラオが主演を務めている。1986年にV・マドゥスーダン・ラオ英語版の『Vikram』で主演俳優デビューした。同作はヒンディー語映画『Hero』のリメイクであり、興行的な成功を収めた。続いてダサリ・ナーラーヤナ・ラーオの『Majnu』に出演し、ナーガールジュナは悲観に暮れる男性役を演じて高い評価を得た。1987年にギータ・クリシュナ英語版の『Sankeertana』に出演し、同作は物語とイライヤラージャー英語版の音楽が高く評価された。

1988年にK・ラーガヴェンドラ・ラーウブロックバスター映画Aakhari Poratam』に出演してシュリデヴィスハーシニ・マニラトナムと共演した。同年に『Janaki Ramudu』でヴィジャヤシャーンティ英語版と共演しており、興行的な成功を収めた。1989年にマニラトナムの『Geethanjali』に出演し、同作は国家映画賞 健全な娯楽を提供する大衆映画賞を受賞した。同年にはラーム・ゴーパール・ヴァルマ英語版の監督デビュー作『Siva』に出演した。同作の成功により、主演を務めたナーガールジュナはテルグ語映画のスター俳優の地位を確立した。1990年には同作をリメイクした『Shiva』にも出演し、ヒンディー語映画デビューを果たした。1991年には『Jaitra Yatra』に出演し、批評家から演技を高く評価された。その後は『Prema Yuddham』『Iddaru Iddare』に出演するが興行的に恵まれず、1991年に出演したプリヤダルシャン英語版の『Nirnayam』で再びヒットを記録した。

その後、ナーガールジュナはファーシル英語版の『Killer』、クランティ・クマール英語版の『Neti Siddhartha』などのヒット作に続けて出演した。彼は様々な役を実験的に演じることから「セルロイドの科学者」と呼ばれている[11]。この時期の代表作には『President Gari Pellam』『Varasudu』『Gharana Bullodu』『Allari Alludu』などがある。1995年にマヘーシュ・バットのヒンディー語・テルグ語で製作された『Criminal』に出演した。E・V・V・サティヤーナーラーヤナ英語版の『Hello Brother』に出演し、同作は1997年に『踊るツインズ』としてヒンディー語映画にリメイクされた。1996年にクリシュナ・ヴァムシー英語版の『Ninne Pelladata』でプロデューサーを務め、国家映画賞 テルグ語長編映画賞英語版フィルムフェア賞 テルグ語映画部門作品賞英語版を受賞した。1997年には『Annamayya』で15世紀のテルグ人の歌手・詩人のアンナマーチャールヤ英語版を演じ、フィルムフェア賞 テルグ語映画部門主演男優賞ナンディ賞 主演男優賞を受賞した。

2000年代には『Santosham』『Manmadhudu』『Sivamani』などに出演した。2003年に『Satyam』、2004年に『Mass』、2005年に『Super』でそれぞれプロデューサーを務めている。2006年には『Sri Ramadasu』で父ナゲシュワラ・ラオと共演している[12]。同作でナーガールジュナはナンディ賞主演男優賞を受賞している。2007年にラガヴァ・ローレンス英語版の『Don』に出演し、2008年には『King』でトリシャー・クリシュナンシュリハリと共演した。

2010年に『Kedi』『Ragada』に出演した。2011年には『Payanam』『Rajanna[13]、2012年に『Damarukam』『Shirdi Sai』に出演した[14]。2013年に『Greeku Veerudu』でナヤンターラと共演し、主演を務めた『Bhai』は興行的に失敗している[15]。2014年にヴィクラム・クマール英語版の『我ら〜愛の継承〜英語版』に出演し、映画はブロックバスターを記録した。また、2016年に出演した『Soggade Chinni Nayana』はナーガールジュナの主演作の中で最大のヒット作の一つとなった[16]。同年に出演した『Oopiri』もヒットを記録したが[17]、2017年に出演した『Om Namo Venkatesaya』の評価は平均的な結果に終わっている[18]。同年に出演した『Raju Gari Gadhi 2』の興行成績も芳しくなく[19]、2018年に出演した『Officer』では批評家から酷評され、ナーガールジュナにとって最大の失敗作に位置付けられている。同年には『Devadas』でナーニラシュミカー・マンダンナアーカンクシャー・シン英語版と共演し、興行成績は平均的な結果に終わった[20]

映画以外の活動

テレビ

2009年放送のメロドラマ『Yuva』で初めてテレビ番組のプロデューサーを務めた[21]。以前はマーTV英語版の大株主だったが、スター・ネットワークに買収された際に株を放棄している[22]。ナーガールジュナは『コウン・バネーガー・カロールパティ英語版」のテルグ版番組を製作し、2014年6月9から8月7日にかけて第1シーズン、同年12月9日から2015年2月27日にかけて第2シーズンが放送された[23][24]。2015年に『Meelo Evaru Koteeswarudu』でエンターテインメント・リーダー・アワードを受賞した[25]。2019年に『ビッグ・ボス・テルグ3英語版』を製作した。

実業家

2013年以来、ナーガールジュナはムンバイ・マスターズ英語版スニール・ガヴァスカールと共同)、マーヒー・レーシングチーム・インディア英語版マヘンドラ・シン・ドーニと共同)の所有者だった[23][26][27]。また、テランガーナ州アーンドラ・プラデーシュ州カリヤーン・ジュエラーズ英語版のスポンサーも務めている[28]。2012年と2013年にはフォーブス・インディアの「今年のセレブリティ100人」でそれぞれ36位、43位に選ばれた[29][30]ケーララ・ブラスターズFCの共同所有者の一人でもある[31]

慈善活動

妻アマラと共に動物福祉団体ブルー・クロス・オブ・ハイデラバード英語版を設立し、共同代表を務めている[32][33]。また、マーTV協会が実施している福祉活動にも関わっており、エイズ啓発キャンペーンのブランド大使を務めており[34]、2010年にはスタンフォード大学で設立されたNPO団体ティーチAIDS英語版のアニメーション・ソフトウェア・チュートリアルに出演している[35]

フィルモグラフィ

出典

外部リンク

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