アトス (ダルタニャン物語)
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アトス(Athos, 1595年頃 - 1661年)は、アレクサンドル・デュマ・ペールの歴史小説『ダルタニャン物語』に登場する銃士の一人。三銃士の最年長で、リーダー格。冷静で勇敢、剣の達人で、知性と広い学識を持ち、気高い大貴族然とした人物。ダルタニャンはアトスには、尊敬の念を抱いている。「アトス」は銃士隊での仮名。

第一部「三銃士」では、気高い人格ながら、寡黙で厭世的で自暴自棄な面があり酒に溺れている。かつてミレディと結婚していたが、ミレディの肩に百合の烙印を見つけ罪人であることを知ると、妻を縛り首にして領地を捨てる。銃士として冒険と活躍を続け、終盤でリシュリューの密偵として暗殺を重ねていたミレディを、三銃士とともに処刑する。
第二部「二十年後」では、ラ・フェール伯爵に戻りブロワの領地で、シュブルーズ公爵夫人と旅先の一夜で出来た息子ラウルを引き取って、愛情の限りをそそいで育てる。一期フロンドの乱でフロンド派に身を投じて戦い、また清教徒革命まっただ中のイギリスへチャールズ1世救出に向かい、チャールズ1世が断頭台の露と消えるまで忠誠を尽くす。
第三部「ブラジュロンヌ子爵」では、フランスを放浪していた流転の国王チャールズ2世のイギリス王政復古に尽力して王位に復位させ、英仏婚姻同盟の大使を務める。Saint-Esprit(聖霊勲章))、Jarretière(ガーター勲章)、Toison d’or(金羊毛勲章)を持つフランス唯一の人物。しかし、息子ラウル・ド・ブラジュロンヌ子爵が愛するルーイズ・ド・ラ・ヴァリエールがルイ14世と恋に落ちたことから、失意のラウルは自らアルジェリア遠征に出陣して戦死。アトスも最愛の息子の跡を追うようにして天に召される。

年齢は『三銃士』(1625年)で推定30歳頃。『二十年後』(1648年)で49歳と自己申告していた[1]。年齢はダルタニャンより10歳ほど年上で、ダルタニャンに対し「なあ、せがれよ」と呼びかけることもあった。
勇敢で冷静、剣の達人で武勇に優れる。姿は中肉中背で均斉がとれ、鋭い目、まっすぐな鼻にブルートゥスそっくりの顎で力強さと気品が兼ねそなわっている。声は柔らかく良く通る。
大貴族に相応しい威厳があり、深く幅広い教養を持ち、語学、スコラ哲学、ラテン語にまで通じ、フランス貴族の名前、家系、紋章や、貴族社会の礼儀作法に詳しく、狩猟や鷹狩りではルイ13世が造詣の深さに舌を巻くほど。口数は少ないが、会話は明瞭で装飾がなく事実のみを語る。銃士時代はフェルー街に住む。従僕はグリモーで、アトスから口を利くことを禁じられていた。
無口で暗い印象を受けるが、王族の気風を漂わせており、只者ではない印象を相手に与える。また、若い頃は酒豪で賭博好きという欠点もあったが、人格の高潔さが強調されており、誠実な人柄。

出自はベリー地方の貴族、ラ・フェール伯爵。先祖の一人がマリニャンの戦いでフランソワ一世から聖ミカエル騎士に任命されている。また別の先祖の一人がアンリ三世時代にサン・テスプリ勲章を着けた姿で肖像画になっている。母親は若い頃アンリ四世妃マリー・ド・メディシスの最高位女官dame d’honneur(ダム・ドヌール)[2]。
25才の時に、領地に住む16才の天使のように美しい司祭の妹(ミレディ)に恋をして、身分違いの結婚をする。しかし妻ミレディの肩に罪人の証である百合の烙印を見つけ、妻が脱獄囚であることを知ると、妻を縛り首にして、領地を捨て、身分を隠して銃士になった。そのため銃士時代は女性を寄せ付けなかった。恋愛相談にやってきたダルタニャンに、「恋は富くじみたいなもので、当たりを引き当てた奴は死を引き当てたということだ」と過去を示唆させる助言を与えている。
銃士隊を辞める直前に、ブロワのブラジュロンヌ子爵領を親戚から相続[3]。 1633年10月11日、旅の途中リムーザンのローシュ・ラベイユの教会で、スペインへ亡命する途中のシュヴルーズ公爵夫人と一夜の情を交わし、一年後に教会へ手紙付きで送り届けられた赤ん坊ラウルを引き取る。
ラウル出生により、「あの子は、私が失った人生をすべて取り返してくれた」「神の創造物として地上で許される限り幸福だ」「子供にとって教訓は多く、模範となる人間が必要」[4]と語り、厭世的な態度や賭博をやめ酒もたしなむ程度に抑えるようになった。ダルタニャン、プランシェは「アトスは立派な人物だが、酒で身を滅ぼすだろう」と予想していたため、この変化には驚いている。作中での描写としては、最初の妻ミレディを除けば、シュヴルーズ公爵夫人と関係を持ったのみである。

信条は、貴族として[5]王権とフランス王家に献身と忠誠を捧げる。サン・ドニ大聖堂のフランス王家の墓所で息子ラウルにも王権への忠誠を約束させている。フロンドの乱にフロンド派として参加したのは、ルイ14世を傀儡として操り王族を投獄するマザランへの拒否感のため。

また、若い頃にはイギリスへの反感を持つ発言もあるが、王権への忠誠は国を越え、1648年、49歳のころ、清教徒革命のさなかイギリスへチャールズ1世を救出に向かう。

さらに、1660年には流浪の国王チャールズ2世を助け、渡英してモンク将軍の信頼をうけ王政復古に尽力している。

チャールズ1世からはガーター勲章を、チャールズ2世からは金羊毛勲章を、アンヌ・ドートリッシュからは聖霊勲章を授かる名誉を与えられている[6]。それぞれがイギリス、スペイン、フランスの最高勲章で、フランス国内で三つ受勲されているのはアトスのみ。
剣の腕前は一流で、左右どちらの腕でも剣を使うことができる特技がある。また、すでに60歳近い1660年のイギリス遠征では従者のグリモーと2人で篭城し、28人の兵士のうち8人を死傷させる活躍をしている。
最愛の息子ラウルと隣の領地の娘ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの淡い恋には、ラウルが15歳の頃から反対している[7]。ラウルがルイズとの結婚を決意した時に、ラウルに押し切られてルイ14世へ結婚許可を不本意ながら取りに行くが、ルイ14世はアトスの本心を見抜き、結婚を不許可にする。その時にアトスはルイ14世に「あの娘の愛を信じておりません」と答えている[8]
アルジェリアへ出陣したラウルの戦死の報を聞いてアトスが息を引き取るシーンでは、その気高い魂が神の恩寵により最愛の息子の魂に導かれて、微笑みを浮かべ安らかに天国へ導かれたと描かれている。
本名について
『三銃士』本編では、アトスの本名は明示されず、「アトス(Athos)」または「ラ・フェール伯爵(comte de La Fère)」としてのみ登場する。アレクサンドル・デュマが1849年2月17日に発表した演劇『若きころの銃士たち(La Jeunesse des Mousquetaires)』では、ミレディがラ・フェール子爵を「オリヴィエ(Olivier)」と呼ぶ場面が存在する。このため、アトスの本名はオリヴィエであると示唆されていると解釈されることがある。ただし、この名称は小説本編には登場せず、デュマが本編公式に設定として共通させているかは確認できない[9]。
史実
モデルになった人物は、アルマン・ドゥ・シレーグ・ダトス・ドートヴィエイユ (1615年-1643年)。『ダルタニャン物語』からは15歳ほど若く生まれている。銃士隊長トレヴィルの甥で、銃士隊に入隊。決闘により死亡した。
派生作品など
三銃士のリーダー格のためか、主人公・ダルタニャンに次ぐ活躍をする担当ポジションにいることが多い。
アトスを演じた俳優は、
- ヴァン・ヘフリン(1948年「三銃士」)
- オリヴァー・リード(1973年〜「三銃士」「四銃士」「新・三銃士/華麗なる勇者の冒険」)
- 神谷明(1987年NHK「アニメ三銃士」声優)、
- キーファー・サザーランド(1993年「三銃士」)
- ジョン・マルコヴィッチ(1998年「仮面の男」)
- ジャン・グレゴール・クレンプ(2001年「ヤング・ブラッド」)
- 山寺宏一(2009年NHK連続人形活劇 「新・三銃士」声優)
- マシュー・マクファディン(2011年「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」)
- ユーリ・チューシン(2013年「三銃士/宿命の対決」
- イ・ジヌク(2014年「三銃士」韓国ドラマ。時代を李氏朝鮮時代に移しアトスに相当)
- トム・バーク(2014〜2016年「マスケティアーズ/三銃士」)
- ヴァンサン・カッセル(2023年「三銃士/ダルタニャン」「三銃士/ミレディ)
映画仮面の男では、ルイ14世の双子の弟でバスチーユに監禁されていたフィリップを亡き息子と重ね合わせ、またフィリップから父のように慕われていた。