アルガーミッセン
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ニーダーザクセン州 |
| 郡: | ヒルデスハイム郡 |
| 緯度経度: | 北緯52度15分16秒 東経09度58分16秒 / 北緯52.25444度 東経9.97111度座標: 北緯52度15分16秒 東経09度58分16秒 / 北緯52.25444度 東経9.97111度 |
| 標高: | 海抜 76 m |
| 面積: | 35.71 km2 |
| 人口: |
8,154人(2023年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 228 人/km2 |
| 郵便番号: | 31191 |
| 市外局番: | 05126 |
| ナンバープレート: | HI, ALF |
| 自治体コード: |
03 2 54 003 |
| 行政庁舎の住所: | Marktstraße 7 31191 Algermissen |
| ウェブサイト: | www.algermissen.de |
| 首長: | フランク=トーマス・シュミット (Frank-Thomas Schmidt) |
| 郡内の位置 | |
| 地図 | |
![]() | |
アルガーミッセン(ドイツ語: Algermissen)は、ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州ヒルデスハイム郡の町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)である。
位置
アルガーミッセンは、ヒルデスハイム盆地の中に位置しており、面積は 35.56 km2 を超える。町域の中央をヒルデスハイム支線運河が通っている。町の北側を西に向かって流れるアルペバッハ川は、その後南に向きを変え、ブルッフグラーベンに注いでいる。
隣接する市町村
この町は、北東から時計回りに以下の市町村と境を接している: ラーツェン、ゼーンデ(ともにハノーファー広域連合)、ホーエンハーメルン(パイネ郡)、ハルズム、ザールシュテット(ともにヒルデスハイム郡)。
自治体の構成
自治体アルガーミッセンは、以下のオルトシャフト(地区)からなる。
| 地区名 | 人口(人) |
|---|---|
| アルガーミッセン | 4,710 |
| ブレーデルン | 687 |
| グロース・ロプケ | 565 |
| リューンデ | 1,391 |
| ウンメルン | 640 |
| ヴェッツム | 204 |
| 合計 | 8,197 |
表の人口は2025年1月1日現在のこの町を主たる居住地とする住民の人口である[2]。
歴史
アルガーミッセンに関する最も古い史料は985年のものである。
かつてはともに独立した村落であったグロース=アルガーミッセンとクライン=アルガーミッセンはガウ・アストファラで最も古い集落の1つであり、いずれもバン・リューンデの教会区に属していた。12世紀から14世紀まで「フォン・アルガーミッセン」という貴族家があった。ディートリヒ・フォン・アルガーミッセンは、現在町の紋章に用いられているカササギを、1350年に初めて印章に用いた。
ヒルデスハイム司教領に属していたため、アルガーミッセンは宗教改革の影響をほとんど受けなかった。現在もカトリック信者の人口比率が約 45 % と、ニーダーザクセン州においては特筆すべき高い比率が保たれている。町域北部の地区では福音主義ルター派が主流である。三十年戦争の間、1626年3月にアルガーミッセンはデンマーク兵によって荒廃した。
1807年から1810年までグロース=アルガーミッセン小郡が存在した。最大級の環境変化は19世紀に起こった。すなわち、鉄道ヒルデスハイム - レールテ線の開通、レンガ工場、製糖工場、乳製品工場の建設および数多くの企業や団体の設立などである。この乳製品工場は、その製品をたとえばハンブルク、ベルリン、ケルンなどに発送していた。かつて村の農場では、クリスマスのために13万羽のガチョウが飼育されていた。ドイツ国営鉄道は、ポーランドやロシアからのガチョウ輸送のために専用のガチョウ駅を設けた。
この村で56年間司祭を務めたフランツ=カスパー・ケーネンの下、現在のカトリック教会聖マテウス教会がバロック祭壇とともに完成した。献堂は1720年5月5日になされた。彫刻が施された側面を持つ椅子は価値が高い。これよりも古く14世紀に建設されたゴシック様式の聖マウリティウス礼拝堂はこの町で最も古い建物で、風見鶏に1670年、1710年、1875年、1915年、1961年の年号が刻まれている。
1878年秋のティーベルクの大火は、4軒の家屋と納屋を全焼させ、これらの家の住民はすべての財産を失った。この出来事を承けて翌1879年8月3日に地域防災に関する戦友会の集会が開催された。おそらくこれを契機に自衛消防団が設立された。
アルガーミッセンは1985年に建設千年祭を祝った。2012年のアルガーミッセンの人口は約7,900人であった。
地名
アルガーミッセンの古い地名には、980–982年 Algrimsen、985年 Alegrimesheim、989年 Aleghrimesheim、989–992年 Alegremishusun、990年 Alegrimesheim、1143年 Alegrimessem、1143年 Alegrimeshem、1161年 Algermissen、1161年 Aligrimeshem、1204年 Alegremessen、1204年 Alegrimessen がある。地名の最初の部分はゲルマン人の名前 Alagrim で、al- は「すべて」、grim はたとえば古高ドイツ語で grim や grimmi は「荒々しい、恐ろしい」を意味する。古ノルド語で grima は「仮面、仮装」を意味しており、おろらく戦闘の際に「獰猛で恐ろしい」印象を与えるためのものであったと考えられる[3]。
町村合併
住民

宗教
アルガーミッセンのカトリック信者は、ハルズムの聖ツェツィーリア教会区に属す。2014年まで独立した教会区であった聖マテウス教会区は、2014年11月1日にハルズムの聖ツェツィーリア教会区およびアーゼルの聖カタリーナ教会区と統合された[5]。アルガーミッセンにおけるカトリックの中央教会はマルクト通りの聖マテウス教会である。平日の礼拝にはランゲン通りの聖マウリティウス礼拝堂も用いられる。カトリックのこの教会区は、ヒルデスハイム司教区ボルズム=ザールシュテット首席司祭区に属す。
アルガーミッセンのグラスヴェークにあるアドヴェンツ教会が属す福音主義ルター派教会共同体は、2012年1月1日にグロース・ロプケ、ホッテルン、ゲドリンゲン、リューンデ、エッセルゼ、ヴィリンゲン=ミュリンゲン=ヴァッセルの教会共同体と融合し、ヒルデスハイム=ザールシュテット教会クライスの福音主義ルター派十二使徒教会共同体ザールシュテッタ=ラントを形成した。
行政
議会
アルガーミッセンの町議会は、20議席からなる[6]。これは人口7,001人から8,000人の自治体の議員定数である[7]。議員は5年ごとに直接選挙で選出される。これら20人の議員の他に専任町長が町議会で投票権を有している。
首長
直接選挙で選出される専任町長は、2023年3月6日からフランク=トーマス・シュミット(無所属)が務めている。彼は2023年3月5日の町長選挙で 77.63 % の支持票を獲得して同盟90/緑の党のマティアス・ブリンクマンに勝利した[8]。シュミットの前任者はヴォルフガング・メーゲルレ (CDU) で、2005年2月1日から2022年10月14日に亡くなるまで町長を務めた。
紋章
図柄: 基部は高めで緑地。主部は金地に右(向かって左)向きに歩くカササギ。
解説: アルガーミッセンに1143年から1256年まで所領を有していた騎士家はこの地にちなんで「フォン・アルガーミッセン」と名乗っていた。この一門は、アルフェルデ、リューンデ、ロプケにも所領を有しており、おそらく高い確率で同じく所領の土地にちなんだ名前を名乗っていたボルツム家やウンメルン家と親戚関係にあったと考えられる。騎士のベルトルト・フォン・アルガーミッセンは1345年にボルツム家やウンメルン家と同様の3本の矢を印章に用いている。これに対してディートリヒ・フォン・アルガーミッセンは1350年にはすでにカササギを紋章デザインに用いている。この騎士がカササギを紋章に採用した理由を追求することはできない。町の紋章の配色は新しいものである。緑色は芽吹く種を象徴し、金色は実った穂を意味する。このため農民たちはこれらの色を好む[9]。
文化と見どころ

建築
- 聖マテウス教会: アルガーミッセンのカトリック中央教会。1720年に建設されたバロック様式のハレンキルヒェ。四角形の塔と八角形の内陣終端部を持つ。エルンスト・ディートリヒ・バルテルスによるバロック装飾はオリジナルが完全に保存されている。注目すべき価値のある天井画と群像祭壇。2014年11月1日からハルズムの聖ツェツィーリア教会区共同体の支教会となっている。
- 聖マウリティウス礼拝堂: 14世紀に建造された。ハルズムの聖ツェツィーリア教会区共同体の支教会。
- アドヴェンツ教会[10]: この教会は1950年にオットー・バルトニングの設計に基づく共同体センター(仮設教会 Type D)として建設された。本堂とは離れた鐘楼は1966年に建設された。教会に直に増築された司祭館は1964年から共同体ハウスとして用いられており、2005年に新たな建物に建て替えられた。
- ドームキュスターホーフ: 1629年に建設されたアルター通りのドームキュスターホーフは、ヒルデスハイム郡で最も古い農場の1つである。
- アルター・ドルフフリートホーフ(直訳: 古い村の墓地): 聖マテウス教会の古い村の墓地には20基の価値の高い墓石があり、最も古いものは1700年に建立された。綱渡り師でバランスアーティストのヨーゼフ・ブルンスの墓石は中央通路沿いに建っている。
- 戦没者記念碑: ノイエ通り沿いの戦没者記念碑は1970年代に建立された。この記念碑はハンス・ヨアヒム・クルークの作品である。
- 郷土博物館: ノイエ通り10番地の建物に入居している郷土博物館は、たとえば東ドイツ郷土資料室、工芸品や日用品のコレクション、歴史的な教室施設、スポーツ史コレクション、1864年からの村の日常を撮影した写真資料などが展示されている。
- 町内には、17基の路傍や農場の十字架、立像、祠があり、その中には1744年の聖体祭の祭壇がある。
年中行事
この街には数多くの伝統行事が残されている。たとえば、ティンパニや砲撃も加わり独自の音楽が演奏される聖体祭、青年団によるバラの月曜日の祝宴・真夜中過ぎのカーニバル人形の片づけ・子供たちが家から家を回って詩を朗読してお菓子をねだる「フーヘン」が行われる謝肉祭、熊たちも登場するカーニバルのパレード、マリア被昇天の日の薬草(祝福の束)摘み、畑と祈りの巡礼、7月初めの聖母の訪問の祝日に行われるヴェストファーレンのヴェルルへの巡礼などである。クランツヴェーク橋の旧水道施設は、2013年に50席の文化イベントセンターに改築され、それ以後市民による非営利団体として運営されている。ここではコンサート、朗読会、キッチンイベント、サマーフェスト、演劇が開催されている。
2015年から毎年夏に、アルガーミッセンのアルペにあるレジャーパークで「ゲンザーロック・フェスティバル」が開催されている。「アルガーミッセンはカラフルなままで」というモットーの下、毎年音楽バンドが寛容と民主主義のために演奏を行っている。2022年のこのフェスティバルの観客数は2千人を超えた。
経済と社会資本

交通
町の西を連邦アウトバーン7号線が、南東をヒルデスハイムからパイネに至る連邦道494号線が通っている。
アルガーミッセンは、鉄道レールテ - ヒルデスハイム線沿線にある。2008年からはハノーファーSバーンのS3号線が1時間間隔でレールテ経由でハノーファー中央駅まで、反対側はハルズム経由でヒルデスハイム中央駅までを結んでいる。
| 路線番号 | 行程 | 運行間隔 |
|---|---|---|
| S 3 | ヒルデスハイム中央駅 - ハルズム - アルガーミッセン - ゼーンデ - レールテ - アールテン - ハノーファー=アンダーテン=ミスブルク - ハノーファー・カール=ヴィーヒェルト=アレー - ハノーファー=クレーフェルト - ハノーファー中央駅 2021年12月の時刻表に基づく | 60分(ラッシュ時にはヒルデスハイム - レールテ間が増発される) |
経済
ボルズム堰とヒルデスハイム港との間を結ぶヒルデスハイム支線運河沿いには、いくつかの商工業地区がある。船着き場では、穀物、肥料、燃料の積み替えが可能である。
