アルチナッツォ・ロマーノ

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アルチナッツォ・ロマーノ
Arcinazzo Romano
アルチナッツォ・ロマーノの風景
行政
イタリアの旗 イタリア
ラツィオ州の旗 ラツィオ
県/大都市 ローマ
CAP(郵便番号) 00020
市外局番 0774、0775[注釈 1]
ISTATコード 058008
識別コード A370
分離集落 アルティピアーニ・ディ・アルシナッツォイタリア語版
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
気候分類 zona E, 2783 GG
公式サイト リンク
人口
人口 1230[1](2024-01-01 [2])
人口密度 43.5 人/km2
文化
住民の呼称 ポンゼシまたはナルジーニ(ponzesi o narzini
守護聖人 聖ジョルジョ
San Giorgio Martire
祝祭日 4月23日
地理
座標 北緯41度53分 東経13度07分 / 北緯41.883度 東経13.117度 / 41.883; 13.117座標: 北緯41度53分 東経13度07分 / 北緯41.883度 東経13.117度 / 41.883; 13.117
標高 831m(568m1420m)[3] m
面積 28.27 [4] km2
アルチナッツォ・ロマーノの位置(イタリア内)
アルチナッツォ・ロマーノ
アルチナッツォ・ロマーノの位置
ローマ県におけるコムーネの領域
ローマ県におけるコムーネの領域
イタリアの旗 ポータル イタリア
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アルチナッツォ・ロマーノ: Arcinazzo Romano[5])は、イタリア共和国ラツィオ州ローマ県にある基礎自治体コムーネ)で、人口は約 1,200[1]である[疑問点]

この町は1891年までポンツァと呼ばれ、この地出身のポンティア氏族英語版イタリア語版というローマ人の一族[注釈 2]に由来する。

住民の通称ポンゼシ(ponzesi)には、この地域が改称を繰り返した背景が映されている。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は勅令第1053号を発令し町名をポンツァからポンツァ・ダルチナッツォに変えさせ(Ponza d'Arcinazzo=1872年10月15日付)、公的には「ポンツァ」という地名は廃止されたものの、住民は依然として旧称を使いたがった。

やがて1891年5月29日勅令第287号によって「アルシナッツォ・ロマーノ」の名前を与えられた[6]

その「アルシナッツォ」の語源には複数の説がある。第1にローマ帝国の第4代皇帝クラウディウス(紀元前10年8月1日54年10月13日)に「アルシニア」という側室がいて、この地域に別荘を所有していたからとされる。第2説は同じローマ県アニェーネ川上流に縁があり、スビアーコ出身の貴族「ナルシオ」が4世紀教皇ダマスス1世にアルトゥイノ山麓(Monte Altuino[7]城塞arx)を寄進したことに因むという。

地理

アルシナッツォ高原

位置・広がり

ローマ県東部のコムーネでローマに近く、アニェーネ渓谷扇状地に位置する[8]

隣接コムーネ

隣接するコムーネは以下の通り。丸括弧内の「FR」はフロジノーネ県所属を示す。

歴史

記念碑と名所

市立トラヤヌス邸考古学博物館
聖マリア・アスンタ教会の内部

宗教建築

  • 聖マリア・アスンタ教会Chiesa di Santa Maria Assunta[9]
  • 聖ジョルジョ教会(Chiesa di San Giorgio
  • 十字架教会(Chiesa della Croce
  • 聖アントーニオ・アバーテ教会(Chiesa di Sant'Antonio Abate
  • 聖ルチア礼拝堂(Cappella di Santa Lucia[10]

軍事施設

考古遺跡

当地にはトラヤヌス帝(在位98年-117年)が狩猟に用いた別荘(villa dell'imperatore)の遺跡が残る。皇帝は古代ヨーロッパで最も重要な人物の一人であった。

ラツィオ考古遺産管理局ウィキデータが科学的調査を実施して、遺跡全体を野外博物館に指定した。敷地は面積およそ5ヘクタール、高低差のある3つの水平面(テラス)で構成される。

往時の館の壮麗さを語る遺物は、大理石の建材や彫像やモザイク画、化粧しっくい、装飾器具などがあり、大理石は域内のキリスト教会の建材に流用された記録がある[9]。2008年には個人による大量の出土物の持ち出しと不法所持が明らかになり、警察の捜査が入ったと報じられた[11]

気候分類・地震分類

アルチナッツォ・ロマーノにおける度日英語版:地域番号およびイタリアの気候分類 (it) を略記するとE:2783 GG[注釈 3][12]となる。

イタリアの地震リスク階級では2Bに分類される[注釈 4][13]

文化

教育

博物館、美術館

市立考古学博物館(L'Antiquarium comunale è collocato all'interno dell'area archeologica)の収蔵品は、調査で発掘された最も重要な出土品で構成され、建築や装飾の一部や、邸宅建設時の作業組織を示す資料がある[14]。また展示には、居住区内の日常生活を物語る民族的資料も採用する。当館来館者が出土品をより深く理解できるよう、情報資料も公開。所在地は考古学地区内。

地方語

アルチナッツォ・ロマーノの地方語は、ラツィオ州中北部方言イタリア語版に分類される。

年間行事

社会

民族集団と外国人少数民族

ISTATの国勢調査によると、2025年1月1日時点の外国人居住者は72人であった[15]

行政

市長

任期
就任 – 退任
氏名 政党備考
1996年6月9日–
2000年4月15日
ジャコモ・トロハ(Giacomo Troja 中道市民名簿

lista civica di centro

市長イタリア語版
2000年4月16日–

2010年3月29日

サンドロ・ビフェリ(Sandro Biferi 市民名簿英語版イタリア語版 市長[16][17]
2010年3月30日–

2020年9月20日

ジャコモ・トロハ 市民名簿 Uniti per Arcinazzo

(アルシナッツォのために団結)

市長[18]
2020年9月22日–
現職
ルカ・マロッキ(Luca Marocchi 市民名簿 Uniti per Arcinazzo 市長

その他の行政情報

この町は広域行政組織イタリア語版「アニェーネ山岳部共同体」(Comunità montana dell'Aniene)に属する。

スポーツ

脚注

外部リンク

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