Wikiwand AI

アルフレッド・アメザガ

メキシコのプロ野球選手 (1978-) From Wikipedia, the free encyclopedia

アルフレッド・アメザガ・デルガド(Alfredo Amézaga Delgado , 1978年1月16日 - )は、メキシコ合衆国ソノラ州出身の元プロ野球選手(ユーティリティー)、野球指導者。右投両打。

生年月日 (1978-01-16) 1978年1月16日(48歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
180 lb =約81.6 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
アルフレッド・アメザガ
Alfredo Amézaga
フロリダ・マーリンズ時代
(2007年6月5日)
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
出身地 ソノラ州シウダ・オブレゴン
生年月日 (1978-01-16) 1978年1月16日(48歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション ユーティリティープレイヤー
プロ入り 1999年 ドラフト13巡目
初出場 MLB / 2002年5月24日
最終出場 MLB / 2011年9月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
国際大会
代表チーム メキシコの旗 メキシコ
WBC 2006年、2009年
閉じる

経歴

プロ入り前

1997年のMLBドラフトでコロラド・ロッキーズから36巡目(全体1092位)で指名されたが、入団しなかった[1]。

1998年のMLBドラフトで再びコロラド・ロッキーズから44巡目(全体1314位)で指名されたが、またも入団しなかった[2]。

プロ入りと現役時代

1999年のMLBドラフトでアナハイム・エンゼルスから13巡目(全体401位)で指名され、3度目の指名でプロ入りした[3]。ちなみに、直後の全体402位でアルバート・プホルスがセントルイス・カージナルスから指名され入団している[3]。

2002年5月24日にメジャーデビュー。この年は、12試合の出場、13打席ではあったが打率.538をマークし、5試合で遊撃手を守り無失策だった。

2004年12月17日、ウェイバー公示を経てコロラド・ロッキーズに移籍。

2005年4月20日、ウェイバー公示を経てピッツバーグ・パイレーツに移籍。同年11月22日に、フロリダ・マーリンズと契約。

2008年1月18日に、マーリンズと1年契約を結ぶ。

2009年はワールド・ベースボール・クラシックメキシコ代表に選出される。レギュラーシーズンでは7月に左膝の手術を受け、27試合の出場にとどまり、オフの12月12日にFAとなった[4]。

2010年2月2日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだが[4]、傘下のAA級チャタヌーガ・ルックアウツで1試合出場したのみで故障者リスト入りし、オフの11月6日にFAとなった[4]。

2011年1月26日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結ぶ[4]。4月29日にメジャーに昇格したが、5月29日にDFAとなりAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ降格[4]。8月6日にヘスス・メルチャンとのトレードでフロリダ・マーリンズに復帰したが[4]、9月8日に自由契約となった[4]。

2012年1月13日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ[4]。この年はメジャーへの昇格はなく、オフの11月2日にFAとなった[4]。

2013年1月5日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだが、6月2日に自由契約となった[4]。

2013年6月5日にメキシカンリーグのキンタナロー・タイガースに入団した[4]。

2017年開幕直後の4月5日に同リーグのティフアナ・ブルズに移籍[4]。

2018年もティフアナと契約したが、公式戦の出場はなく、この年限りで現役を引退した。

現役引退後

2019年より、アトランタ・ブレーブス傘下AA級ミシシッピ・ブレーブスのコーチに就任した[5]。

2022年はデトロイト・タイガース傘下AAA級トレド・マッドヘンズの一塁コーチを務めていたが、シーズン終盤の9月にタイガースの一塁コーチであるゲイリー・ジョーンズが足首の怪我のためベンチコーチに配置転換されることになったため、その後任として一塁コーチに就任した[5][6]。

2023年も引き続きタイガースの一塁コーチを務める[7]。

選手としての特徴

投手と捕手以外のポジションをこなせるユーティリティープレイヤー。本職は内野手だが、外野手での起用も多い。

2000年には、マイナーで73盗塁を決めている。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2002 ANA 1213133720092100000011.538.538.6921.231
2003 3712010515223223572250901232.210.278.333.612
2004 7310593121520223113260303242.161.212.247.459
2005 COL 2331100010000000000.333.333.333.667
PIT 3431000000100010000.000.250.000.250
'05計 5762100010100010000.167.286.167.452
2006 FLA 1323783344287933111192012713343465.260.332.332.664
2007 13344840046105149214330137453504524.263.324.358.682
2008 125337311418213531143282401913476.264.312.367.679
2009 2775696153001851101520160.217.267.261.528
2011 COL 2038335810092001130070.242.297.273.570
FLA 2049441600062001040071.136.208.136.345
'11計 4087776141001540021700141.182.247.195.442
MLB:9年 58415701408173348471912469110492628811271422321.247.307.333.640
閉じる

年度別守備成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...
年
度
球
団
一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)遊撃(SS)中堅(CF)左翼(LF)右翼(RF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2002 ANA ---5711011.000---
2003 --13122021.941243957311.970---
2004 -1671712.960263913.92332385815.990---
2005 COL --10000--------
PIT ---112011.000---
'05計 --10000----112011.000---
2006 FLA 240001.000233341215.974410001.00011521051.00075155240.97514110001.00020000----
2007 441001.00011212127.95512116001.00018163514.98187208851.977210001.000320001.000
2008 -10191813.9741525001.000192231031.00079144611.993--
2009 ---5515011.00014270001.000210001.000350001.000
2011 COL -51211011.00020000----20610.857--20000----
FLA -11212916.980---410001.000-
'11計 -16334017.98620000----20610.857-410001.00020000----
MLB 681001.00076113137734.97373294034.958117133236631.98425553416102.98222140001.0001070001.000
閉じる

記録

MiLB

背番号

  • 5(2002年 - 2004年)
  • 15(2005年 - 同年途中)
  • 6(2005年途中 - 同年終了)
  • 4(2006年 - 2009年)
  • 99(2011年 - 同年途中)
  • 6(2011年途中 - 同年終了)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks