イドリブの戦い (シリア内戦)

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イドリブの戦いでは、シリア内戦下のシリア・アラブ共和国イドリブ県イドリブにおける、複数の戦闘について記述する。

イドリブの戦い
戦争シリア内戦
年月日:2012年-2017年
場所イドリブ
結果シリアの勝利
交戦勢力
シリアの旗 シリア ファトフ軍
指導者・指揮官
バッシャール・アサド

イドリブはイドリブ県の県庁所在地。シリア北東部のアレッポ-ラタキア間にある肥沃な盆地に位置する。農業綿花穀物オリーブイチジクブドウトマトゴマアーモンド工業紡績オリーブ油製造などが盛ん[1]

アラブの春がシリアに波及した2011年以降、イドリブ県は「アラブの春」は反アサド色が強い地域となる[2]。そのため、政府軍と反体制派の間で戦闘が繰り返された。

2015年3月に反体制派ファトフ軍がイドリブを占領して以降、イドリブは反体制派の戦闘員や民間人らの避難先となっている。シリア内戦が始まってからの6年弱でイドリブに流入した国内避難民は70万人に上るとする推計もある[3]

2012年

2012年、大統領バッシャール・アル=アサド率いる政府軍と反体制派自由シリア軍の間で、攻防戦が行われた。

同年3月までにイドリブは反体制派の中心地として機能していた。しかし、シリア政府軍は4日の間猛攻撃を加え、反体制派を駆逐した[4]

2012年7月、反体制派自由シリア軍は、アサド政権に対する総攻撃作戦「ダマスカスの火山とシリアの地震」を開始した。イドリブでも政府軍に対する攻撃が行われた[5]。しかし、寄せ集めの自由シリア軍は、メンバーの士気・規律が低下し、2012年夏過ぎには人心の離反を招いた。その結果勢いが弱まり、イスラム過激派に反体制の主導権を奪われてしまう[6]

イドリブの戦い(2015年)
戦争シリア内戦
年月日2015年3月24日 - 3月29日
場所:イドリブ市とその周辺
結果:ファトフ軍の勝利
交戦勢力
シリアの旗 シリア ファトフ軍
指導者・指揮官
バッシャール・アサド
戦力
4500人 2000 - 3200人
損害
数十人 数十人


2015年3月

2017年7月

脚注

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