ウバルド・ヒメネス

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生年月日 (1984-01-22) 1984年1月22日(41歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
210 lb =約95.3 kg
ウバルド・ヒメネス
Ubaldo Jiménez
ボルチモア・オリオールズでの現役時代
(2017年7月21日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 マリア・トリニダー・サンチェス州ナグア英語版
生年月日 (1984-01-22) 1984年1月22日(41歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 アマチュアFA
初出場 2006年9月21日
最終出場 2017年9月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国代表
WBC 2009年

ウバルド・ヒメネス・ガルシアUbaldo Jiménez Garcia, 1984年1月22日 - )は、ドミニカ共和国マリア・トリニダー・サンチェス州ナグア英語版出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

愛称はビッグU[1]

プロ入りとロッキーズ時代

コロラド・ロッキーズ時代
(2010年8月10日)

2001年4月25日にコロラド・ロッキーズドラフト外で契約。

2006年9月21日にメジャー昇格し[2]、9月26日のロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビュー。シーズン最終戦の10月1日のシカゴ・カブス戦でメジャー初先発。この2試合の登板で2006年シーズンを終えた。

2007年は開幕をAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスで迎え、19試合に登板で防御率5.85だったが、7月は3戦3勝で防御率2.89を記録。球団は17日にオマー・キンタニーヤをマイナーへ降格させ、ヒメネスをメジャーへ昇格させた[3]。15試合の登板で4勝4敗、防御率4.28、68奪三振を記録した。ポストシーズンでは0勝に終わったが、防御率2.25を記録した。

2008年は前年のポストシーズンの好投から開幕からの先発ローテーション入りが期待され[4]、ローテーション入りを果たした。6月までは2勝8敗と負け越したが、7月以降は10勝4敗を記録。リーグ最多タイの34試合に先発登板し、球団史上アーロン・クック(2008年)しか記録していない二桁勝利・防御率4点未満を達成。シーズン終了後の2009年1月27日には4年総額1000万ドル、5・6年目は球団オプションの契約に合意[5]

2009年開幕前の3月に開催された第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ドミニカ共和国代表に選出された[6]

シーズンでは4月終了時点で1勝3敗、防御率7.58だったが、5月1日から9月7日にかけて球団新記録となる25試合連続6イニング以上を記録[7]。15勝・防御率3.47・218.0イニングは自己最高となった。

2010年は監督のジム・トレーシーから、前述のクックが2007年から3年連続で務めていた開幕投手に指名される[7]。開幕戦となった4月5日のミルウォーキー・ブルワーズ戦では、6回を1失点に抑え、勝利投手となった。4月17日のアトランタ・ブレーブス戦ではノーヒットノーランを達成。5回まで毎回の6四球を与えるなど、立ち上がりは制球に苦しんだが、6回以降は1人の走者も出さない完璧なピッチングで9イニングを無安打無失点に抑え、4-0の勝利に貢献。球団史上初のノーヒットノーラン達成者となった[8]。4月と5月まで10勝1敗、防御率0.78、WHIP0.89の活躍で二ヶ月連続で月間MVPを受賞。5月下旬からは球団記録となる33イニング連続無失点を記録。その後は調子をやや落としたものの、オールスター前までに15勝1敗、防御率2.20、WHIP1.04という成績を残し、オールスターでは先発投手を務める。後半戦は4勝7敗、防御率3.80、WHIP1.30と調子を落としたものの19勝8敗、防御率2.88のシーズン成績を残した。これは防御率、勝利数とも、規定投球回に達した投手の中では球団史上最良のものである。

インディアンス時代

クリーブランド・インディアンス時代
(2012年7月17日)

2011年7月31日に将来の3本柱と期待されている、2009年のMLBドラフト全体15位アレックス・ホワイト、マイナーで大ブレークしたジョー・ガードナー、外野手のマット・マクブライド2010年のMLBドラフト全体5位ドリュー・ポメランツとのトレードで、クリーブランド・インディアンスへ移籍した。

2013年11月1日にFAとなった。

オリオールズ時代

2014年2月17日にボルチモア・オリオールズと総額4800万ドルの4年契約に合意したことが報道され[9]、2月19日に球団が発表した[10]。オリオールズでは先発で投げたが、自身7年ぶりに規定投球回に届かずにシーズンを終えた。防御率4.81、6勝9敗で負け越し、77四球(与四球率5.5)、WHIP1.51と数字を落とし、不振のシーズンだった。

2015年は、チームの勝ち頭となる12勝(10敗)、チーム1位の168奪三振を記録[11]。また、2シーズンぶりとなる規定投球回到達・勝ち越しを決めるなど、一定の復活を見せたシーズンを送った。

2016年は再び低迷。29試合中25試合で先発登板したが、防御率5.44・WHIP1.56と打ち込まれて8勝12敗と負け越した。ちなみに同年、メジャー初セーブをマークした。トロント・ブルージェイズとのALWCでは、リリーフとしてマウンドに登ったが、ブルージェイズの主砲であるエドウィン・エンカーナシオンにサヨナラ3ランを被弾して敗戦投手となった[12]

2017年も31試合(先発25試合)に登板したが、リーグワーストの108自責点を記録し、6勝11敗・防御率6.81と前年から更に成績を落とした。オフの11月2日にFAとなった[13]

オリオールズ退団後

2018年からの2年間はどの球団にも所属しなかった。

2020年2月5日にプロ入り時の古巣であるロッキーズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[14]。7月20日に自由契約となった。

その後、9月17日に現役引退を発表した[15]

投球スタイル

速球は最速で101mph(約162.5km/h)を計測しており[16]2009年の平球球速は先発投手として最速となる96.1mph(約154.7km/h)を記録[17]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2006 COL 210000000----307.251300300433.521.04
2007 15150004400.50035482.070103746683046394.281.30
2008 3434100121200.500868198.21821110341017216097883.991.43
2009 3333100151200.556914218.018313856101988387843.471.23
2010 333342019800.704894221.2164109271021416173712.881.15
2011 21212116900.400532123.01181051571186068614.461.37
CLE 11110004400.50029065.16872702622043475.101.45
'11計 3232211101300.435822188.118617785918080111984.681.40
2012 313100091700.346805176.21902595381431611161065.401.61
2013 343400013900.591777182.21631680031948075673.301.33
2014 BAL 25220006901.400553125.11131477041164068674.811.52
2015 3232000121000.545791184.018220681111686089844.111.36
2016 292510081210.400638142.11501672131255193865.441.56
2017 312500061100.353648142.2169335805139301091086.811.59
MLB:12年 32931593111411711.49480941879.01757186848317817209369689014.341.39
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












2006 COL 202001.000
2007 1581431.880
2008 34163241.923
2009 33124722.967
2010 33102613.973
2011 21121921.939
CLE 1129001.000
'11計 32142821.955
2012 31121613.966
2013 3251421.905
2014 BAL 25119031.000
2015 3271511.957
2016 29121223.923
2017 3181110.950
MLB 3291152261919.947
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 38(2006年 - 2011年途中)
  • 30(2011年途中 - 2013年)
  • 31(2014年 - 2017年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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