キップ・ウェルズ
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レッズ時代(2009年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | テキサス州ヒューストン |
| 生年月日 | 1977年4月21日(48歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 205 lb =約93 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1998年 ドラフト1巡目(全体16位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名 |
| 初出場 | 1999年8月2日 |
| 年俸 | $500,000(2009年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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キップ・ウェルズ(Robert Kip Wells, 1977年4月21日 - )は、アメリカ合衆国・テキサス州ヒューストン出身の元プロ野球選手。現役時代のポジションは、投手。右投右打。
1995年にドラフト58巡目でミルウォーキー・ブルワーズから指名されたが、契約ぜずにベイラー大学へ進学。1998年にシカゴ・ホワイトソックスからドラフト1巡目(全体16位)指名で入団。1999年8月2日にメジャーデビュー。シーズン終了までに7試合に登板し、4勝1敗を記録。ベースボール・アメリカによる2000年の有望株ランキングで球団トップの評価を受けた[2]。
2001年12月13日にジョシュ・フォッグ、ショーン・ロウとともにトレードでピッツバーグ・パイレーツへ移籍。2002年、ジョシュ・フォッグとともにチーム最多の12勝を記録。2003年はジョシュ・フォッグ、ジェフ・スーパンとともにチーム最多の10勝を記録。2004年は血行障害により右手中指の感覚マヒに悩まされ[3]、8月には右ヒジ痛で故障者リスト入り[4]。これらの影響で24試合にしか登板できず、5勝7敗の成績に終わった。検査の結果、ヒジは手術をしなくてもよく、血行障害は10月に手術を受けた[3]。
2005年は99四球を記録するなど制球が安定せず、打線の援護に恵まれなかったため[5]、リーグ最多の18敗を記録。2006年開幕前に血行障害の手術を受け[6]、シーズン初登板は6月20日。7月31日にジェシー・チャベスとのトレードでテキサス・レンジャーズへ移籍し、シーズン終了後にセントルイス・カージナルスへFA移籍。2007年はリーグ最多の17敗を記録。6年ぶりにリリーフとして8試合に登板した。
2007年12月19日にコロラド・ロッキーズへ移籍。2008年は開幕投手を務め、その後はリリーフとして登板[7]。防御率は2点前後で推移していたが、4月28日の登板を最後に故障者リスト入りで74試合を欠場。7月21日のメジャー復帰戦で先発したが、0.1イニングで8失点(7自責点)を記録し、防御率は5.40と3点以上上昇[7]。8月10日に球団はウェルズを解雇[8]。8月19日にカンザスシティ・ロイヤルズと契約してからは10試合に登板。
2009年3月11日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約[9]。メジャー入りしたものの、その後解雇されて7月10日にシンシナティ・レッズへ移籍。7月31日にメジャーへ復帰した。オフにFAとなった。
2010年2月11日にレッズと再契約したが、4月2日に再びFAとなった。同年は独立リーグアトランティックリーグのロングアイランド・ダックスでプレーした。
2011年3月23日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約したが、4月3日に放出された。同オフには、メキシカン・ウインターリーグのヤキス・デ・オブレゴンとベナドス・デ・マサトランでプレーした。
2012年4月6日にシカゴ・ホワイトソックスと契約したが、同月16日に放出された。同年5月8日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結び、6月27日に3年ぶりのメジャー復帰を果たした。10月4日にFAとなった。
2013年は、ロサンゼルス・エンゼルスと契約して、AAA級ソルトレイク・ビーズに配属された。