エーヤワディ地方域

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エーヤワディ地方域(エーヤワディちほういき、ビルマ語: ဧရာဝတီတိုင်းဒေသကြီး英語: Ayeyarwady Region)はミャンマーの行政区画である。 エーヤワディー川(イラワジ川)のデルタ地域に位置する。河川が多い地域だが、のインフラが発達しておらず物流環境は劣悪である。

地域 下ビルマ
面積 35,138 km²
人口 6,089,842人
概要 ဧရာဝတီတိုင်းဒေသကြီးエーヤワディ地方域 (MLCTS: ei:rawati tuing:), 州都 ...
ဧရာဝတီတိုင်းဒေသကြီး
エーヤワディ地方域
(MLCTS: ei:rawati tuing:)
州都 パテイン
地域 下ビルマ
面積 35,138 km²
人口 6,089,842人
民族 ビルマ族カレン族ラカイン族インド系ビルマ人
宗教 仏教キリスト教イスラム教
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歴史

古くからこのデルタ地帯は、下ビルマを拠点とするモン族の勢力圏であった。11世紀に北方のパガン王朝によって一時的に征服されるものの、王朝の崩壊後は再びモン族によるペグー王朝(ハンターワディー王朝)の支配下に入り、港湾都市パテイン(旧名バセイン)を中心にインド洋貿易の中継地として繁栄した。

18世紀半ばに入ると、ビルマ族によるコンバウン王朝アラウンパヤー王がモン族を制圧し、デルタ全域をビルマ族の支配下に置いた。しかし、1852年の第二次英緬戦争によってイギリスに併合されると、この地域の様相は一変する。

イギリス植民地時代、それまで広大な未開の湿地帯であったデルタは、大規模な堤防建設と開墾によって世界最大級の米輸出拠点へと変貌を遂げた。この「米のフロンティア」を目指して上ビルマから多くのビルマ族が移住したほか、山地から平野部へ進出したカレン族が独自のコミュニティを形成し、現在の多民族的な人口構成の基礎が築かれた[1]

1948年の独立後もミャンマーの食糧安全保障を支える最重要拠点であり続けているが、2008年5月に発生したサイクロン・ナルギスにより、地方域南部を中心に死者・行方不明者13万人を超える未曾有の被害を受けた。現在は復興が進み、農業だけでなく西部の海岸部を中心とした観光開発も行われている[2]

地理

エーヤワディ・デルタ

エーヤワディ地方域は、ミャンマー南西部に広がる巨大なエーヤワディ・デルタ英語版の大部分を占めている。地域の大半は、エーヤワディ川が数千年にわたって堆積させた土砂によって形成された標高の低い平坦な沖積平野であり、その面積は約35,000平方キロメートルに及ぶ[3]

エーヤワディー川は、北部のヒンタダ付近を頂点として、河川はパテイン川、ピャポン川、ボーカレ川など9つの主要な分流へと扇状に広がり、網の目のように入り組んだ支流や運河が地域全域を覆っている。この広大な低湿地は、肥沃な土壌を活かした世界有数の稲作地帯となっており、「ミャンマーの米蔵」と称される[3]

東部の大部分が平坦なデルタであるのに対し、西側の境界には北から南へと走るアラカン山脈の末端部が位置している。この山塊は南下するにつれて徐々に標高を下げ、ベンガル湾の海底へと没し、タメイラ島英語版などの島々を形成している。山脈の西側にはチャウンターやグウェサウンといった砂浜海岸が広がり、湿地帯である中央部とは対照的な景観を見せている[3]

気候は熱帯モンスーン気候 (Am) に分類され、年間を通じて高温多湿である。年間降水量は約2,500mmから4,000mmに達し、その大部分が5月から10月の雨季に集中する。ベンガル湾に面しているという地理的条件から、サイクロンの直撃を受けやすいリスクを抱えており、2008年のサイクロン・ナルギスでは、高潮が遮るもののない低平地を数キロメートルにわたって遡上したことで甚大な被害が発生した[3]

水域と陸域が複雑に入り交じる環境は、多様な動植物の宝庫となっている。南部海岸沿いの汽水域には大規模なマングローブ林が形成されており、特にメインマハラ・キョン野生生物保護区英語版)などは、絶滅危惧種であるイリエワニイラワジイルカの重要な生息地となっている。しかし、近年の農地拡大や燃料用木炭のための伐採により、これらマングローブ生態系の保全が大きな課題となっている[3]


行政区画

  ミャンアウン県英語版

ミャンアウン英語版チャンジン英語版インガプー英語版

  ヒンタダ県英語版

ヒンタダザルン英語版レーミェッナー英語版

  チョンピョー県英語版

チャウンゴン英語版チョンピョー英語版イェージー英語版

  パテイン県英語版

パテインカンジーダウン英語版ガプードー英語版タバウン英語版

  マウービン県英語版

マウビンパヌタノー英語版ニャウンドン英語版ダヌビュー英語版

  ミャウンミャ県英語版

ミャウンミャエインメ英語版ワーケーマ英語版

  ラプッター県英語版

ラブッター英語版モーラミャインジュン英語版

  ピャーポン県英語版

ピャーポンボーガレー英語版チャイッラッ英語版デーダイェー英語版アマー

隣接行政区画

人口動態

人口

2024年国勢調査(暫定結果)による人口は608万9,842人である[4]

民族構成と宗教構成

  • 民族構成:内務省総務局(GAD)の2019年報告では、主な民族構成はビルマ族(76.6%)、カレン族(21.7%)である。
  • 宗教構成:2014年国勢調査による宗教構成は、仏教(92.1%)、キリスト教(6.3%)、ムスリム(1.4%)、ヒンドゥー教(0.1%)となっている[5]

経済

グウェサウン・ビーチ

エーヤワディー地方域は、国内最大の米生産量を誇る「ミャンマーの米蔵」であり、第一次産業が経済の基盤となっている[6]

  • 農業: 肥沃なデルタ地帯を利用した稲作が圧倒的に盛んであり、ミャンマー全体の米生産量の約40%近くを占める。雨季だけでなく、灌漑を利用した乾季稲作も広く行われている。また、ココナッツ、ジュート(黄麻)、トウモロコシ、豆類などの栽培も盛んである。
  • 水産業: 網の目のように張り巡らされた河川と、広大な海岸線を有することから、淡水および海水の水産業が非常に発達している。魚醤(ンガピ)や干物の製造、エビやカニの養殖は地方域の重要な外貨獲得源となっている。
  • 観光業: 西部のベンガル湾沿いには、チャウンター英語版グウェサウン英語版といったミャンマーを代表するビーチリゾートがあり、ヤンゴンからのアクセスが良いことから、国内・国外双方の観光客を集める主要な産業となっている。

交通

地上交通

パテイン市内にある橋

エーヤワディー・デルタは無数の分流によって寸断されているため、かつては「陸の孤島」と呼ばれる地域が点在し、移動の大部分をフェリーや小舟に頼らざるを得なかった。しかし、1990年代後半から大規模な橋梁建設プロジェクトが相次いで進められ、交通の便は劇的に改善した[7]

水上交通

エーヤワディー川とその分流は、道路網が未発達な地域において現在も最も低コストで効率的な輸送手段である。農産物や水産物の集散地として、パテインやヒンタダなどの河港都市が機能しています。

航空

パテイン空港英語版が主要空港で、ヤンゴン国際空港との間を結ぶ定期便やチャーター便が運行されており、チャウンターやグウェサウンといったビーチリゾートを訪れる観光客向けの空の玄関口となっている[8]。また、パテイン空港にはミャンマー空軍の拠点としての側面もあり、地域の治安維持や災害救援時の後方支援基地としてもの役割を果たしている[9]

脚注

関連項目

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