オミナエシ
オミナエシ科の植物の一種
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名称
特徴
北海道から九州までの[6]日本全国および、中国から東シベリアにかけて分布している。日当たりの良い山野の草地や林縁に自生している[4][5][2]。近年では数が減りつつあり[2]、人里近くで野生のものを見かけることは少なくなっている[7]。
多年草[2]。草丈は60 - 100 cm程度で[8]、夏までは根出葉だけを伸ばし、その後花茎を立てる。根茎はやや太く、横向きになる[8]。葉は対生し、羽状分裂で深く裂け、葉の裂片は幅が細く、やや固くてしわがある[4][1]。
花期は夏から秋にかけて(8 - 10月)、茎の上部で分枝して、花茎の先端に黄色い小花を平らな散房状に多数咲かせる[4][9][2]。1個ずつの花は、直径3 - 4ミリメートル (mm) ほどの合弁花で[5]、花冠は5裂し、下は短い筒となる[4][1]。花の中に、雄しべが4個、雌しべは1個ある[7]。
果実は痩果で、長さ3 - 4 mmの楕円形や長楕円形をしており[2]、果皮は茶褐色でやや粗く、中に種子が1つ入っている[10]。縦に低い稜があり、平たくて縁はごく狭い翼状になる[4][10]。花はよく目につくが、果実期はほとんど目立たない[10]。結実した種子でもふえるが、多くは株わきにできる新苗で増える[5]。
日本では万葉の昔から愛好され、前栽、切花などに用いられてきた。漢方にも用いられる。
同じ科の主な種
- オトコエシ(男郎花 Patrinia villosa)
- オミナエシより全体的に大きく、茎や葉に毛があり、8 - 9月に白い花をつける[2]。乾燥させた根を煎じたものには解毒効果があるとされている。若い苗は食用にもなる。花期、生育場所がオミナエシと似通っているので、自然雑種をつくることがある[5]。
- ハクサンオミナエシ(Patrinia triloba)
- キンレイカ(金鈴花 Patrinia triloba var. palmata)
- カノコソウ(鹿子草・吉草根 Valeriana fauriei)
- カノコソウ属(Valeriana)紅色の花をつける
- セイヨウカノコソウ(西洋カノコ草 Valeriana officinalis)
- マーシュ(ノヂシャ Valerianella olitoria)
栽培
生薬
文化

意匠・色目
襲色目の一つ。
文学
日本の文学作品に登場する際に、オミナエシの花が持つ東洋的な美しさ、センスの良さが、ロマンチックに表現されていることが多い[5]。
奈良時代に編纂された『万葉集』に山上憶良が詠んだ秋の七草に登場する。「萩の花尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」(万葉集・巻八 1538)である。また、作者不詳で「手に取れば袖さへにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも」(万葉集・巻十 2115)とも詠まれている。
平安時代の紫式部『源氏物語』では歌の言葉、前栽の花や襲色目の名として何箇所にも出てくる。
- 「女郎花しほるゝ野辺をいづことて一夜ばかりの宿を借りけむ」(夕霧の巻)
- 「霧ふかきあしたの原のをみなへし心をよせて見る人ぞ見る」(総角の巻)
- 「ほど近き法の御山をたのみたる女郎花かと見ゆるなりけれ 晶子」(与謝野晶子の『源氏物語』訳「手習」より)
能の演目に『女郎花』という曲がある[5]。読みは「おみなめし」。小野頼風とその妻の話。頼風に捨てられたと誤解した妻が放生川に飛び込んで自殺。妻を墓に埋めると、残っていた山吹襲(やまぶきさがね)の衣が朽ち果て、そこから山吹色をした一輪の女郎花が生える[5]。頼風がその女郎花に近づくと、まるで頼風を拒絶するかのように女郎花が風で逃げ、頼風が離れるとまた元に戻った。それを見た頼風は死んだ妻が自分を拒絶しているのだと思い、妻と同じ川に飛び込んで自殺する。
その他
名前の由来:異説有り。えしは古語の圧しであり、「おみな(女)へし(圧し)」として「美女を圧倒する」美しさからという説。
また、古くは女郎花を「おみなめし」と読むことから、へしはめしの転訛であり、花が粟飯の粟粒のように見えることによるという説もある。
粟飯の別名が女飯(おみなめし)である。