オムニウム
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| オムニウム | |
|---|---|
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1895年コンセイユミュニシパル賞優勝後 | |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 1892年 |
| 死没 | 1901年 |
| 父 | Upas |
| 母 | Bluette |
| 母の父 | Wellingtonia |
| 生国 |
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| 生産者 | レオンス・ドラートル |
| 生産牧場 | サン=ペール=デュ=モン牧場 |
| 馬主 | エヴレモン・ド・サン=タラリ |
| 調教師 | エドガー・ロルフ |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 16勝 |
| 獲得賞金 | 669,525フラン |
| 勝ち鞍 | ジョッケクルブ賞 (1895) |
| 繁殖成績 | |
| タイトル | 仏首位種牡馬 (1902) |
オムニウム (Omnium II, 1892 - 1901) は、フランスの競走馬である。ジョッケクルブ賞や当時6200メートルで行われていたグラディアトゥール賞などに優勝し、種牡馬としても1902年のフランスリーディングサイアーに輝いた。
出自
父ユパス (Upas) はバイアリーターク、ヘロドから続くサイアーラインに属する馬であり、その父ドラールからフランスに渡り、競走馬として、後にオムニウムと父子制覇することになるジョッケクルブ賞(Sycomoreと同着)やグラディアトゥール賞に優勝した。母 Bluette は22号族に属するフランス産の牝馬で、父母ともにイギリス産馬であった。
オムニウムはオーナーブリーダーのレオンス・ドラートル (Léonce Delâtre) が1892年にカルヴァドス県カンブルメールのサンペールデュモン牧場で生産した[1]。後にクサールなどを生産するエヴレモン・ド・サンタラリにドーヴィルのイヤリングセールで購買され[2]、エドガー・ロルフ (Edgar Rolfe) のもとで調教された[1]。
競走成績
1894年 (2歳時)
1895年 (3歳時)
1896年 (4歳時)
- カドラン賞
- ボイアール賞
- プランスドランジュ賞 (連覇)
- コンセイユドパリ賞 (連覇)
- グラディアトゥール賞
種牡馬成績
競走馬引退後のオムニウムは、サンタラリがドラートルの相続人から買収したサンペールデュモン牧場で種牡馬入りしたが[1][2]、1901年に9歳の若さで早逝した。このためわずか2世代しか産駒を残せなかったものの[1]、その中の牝駒キジルクーガン (1899 - 1919) が1902年にディアヌ賞やパリ大賞典で優勝する活躍を見せ仏リーディングサイアーに輝いた。また、パリ大賞典及びロワイヤルオーク賞優勝馬で1921、1924、1929年の仏リーディングサイアーにもなるブリュルールとキジルクーガンの産駒クサール(トウルビヨンの父)の母の父となり、オムニウムは母の父としても実績をあげた。なお、クサールはオムニウムの3×2という濃いインブリードを持つ。