カサノリ属

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カサノリ属(カサノリぞく、Acetabularia)は、カサノリ目カサノリ科に所属する緑藻の一つ。属の総称として単に「カサノリ」とよばれることもあるが[3]、ふつうカサノリ属の1種である Acetabularia ryukyuensis のことをカサノリとよぶ。基部に仮根をもつ主軸からなり、生殖期には主軸の先端に胞子枝を輪生して傘状の構造を形成する(図1)。仮根部に1個のを維持している期間が長く再生能が高いため、これを利用した実験に用いられ、生物の形態形成には核に含まれる情報が重要であることや遺伝情報を伝播する物質(伝令RNA)が存在することを初めて示した。熱帯から亜熱帯の海域に生育する海藻であり、約15種が知られる。日本では、ホソエガサが本州中部から南西諸島に、カサノリとリュウキュウガサが南西諸島に分布する。

属名の Acetabularia は、ラテン語ビネガー用の皿を意味する acetabulum に由来し、柄の先端に形成される構造の形にちなんでいる[4]。また、英語ではカサノリ属藻類のことは mermaid's wineglass(人魚のワイングラス)ともよばれる[5][6]。和名である「カサノリ属」の基になった種名である「カサノリ」は、日傘を広げたような姿に由来する[7]

特徴

カサノリ属の藻体は、基部に仮根をもつ無分枝の主軸(柄)、主軸から輪生し3回ほど分岐する不稔性の側枝(輪生枝)、および枝の先端に輪生する太い胞子枝(子嚢)からなる[2][8](図1, 2, 3)。藻体の主軸、さらには胞子枝は、炭酸カルシウムの沈着によって石灰化する[2][8][9]。藻体の寿命は数か月程度である[9]。主軸は長さ1–10センチメートル、直径1ミリメートルほどである[2][10]。主軸の伸長とともに側枝を形成するが、短期間で主軸に痕跡を残して脱落する[2](図2c, 3)。カサノリ目の多くの属では発達した側枝を形成するが、カサノリ属の側枝はこれを痕跡的に受け継いでいるものと考えられている[11]。成熟すると、主軸の先端に生殖枝を密接して輪生し、これがカサ状の構造を形成する[2][8](図1, 2b, c)。各生殖枝の基部上下には隆起部があり、それぞれ上冠、下冠を形成し、そこから栄養枝が生じることがある[2][8]

藻体内には基本的に隔壁がなく、巨大な単細胞であり、中軸に大きな液胞があり、葉緑体を含む細胞質は周縁部に薄く存在し、原形質流動を示す[2]液胞にはマグネシウムイオンが豊富に含まれ、細胞内のpHは非常に低い[12]。葉緑体は盤状で多数、ピレノイドを欠き、グラナをもつ種とこれを欠く種がいる[2]は当初は複相の大型(直径 75–200 µm[注 1]の核(一次核)が、仮根部に1個のみ存在し、巨大な核小体(仁; リボソームの合成場所)を形成する[14]。やがてこの核が減数分裂を行い、さらに有糸分裂を繰り返して多数の単相核(二次核)が形成される[14][15](下記参照)。

生活環

3. カサノリ属の生活環: 胞子枝(cap)中に形成された配偶子嚢シスト(cyst)から放出された配偶子(gametes)が合体して接合子(zygote)となり、1個の複相核(nucleus)を維持したまま主軸(stalk)と輪生枝(whorl; 輪生した側枝)、仮根(rhizoid)からなる藻体へ成長する。

カサノリ属の藻体は、生殖期に入ると主軸の先端に胞子枝を輪生してカサを形成する[14][16]。藻体は仮根部に複相染色体を2セットもつ)の大型の一次核 primary nucleus、巨大核 giant nucleus)を1個のみもつが、やがてこれが減数分裂を行い、続いて有糸分裂を繰り返して単相(染色体を1セットもつ)の核(二次核 secondary nucleus)を多数形成する[2][14](図3)。二次核は原形質流動によって移動し、胞子枝内に移動する[2][14]。胞子枝内で二次核とその周囲の細胞質が厚い細胞壁で囲まれて配偶子嚢シストを形成する[2][14]。各胞子枝内で100個程度の配偶子嚢シストが形成され、それぞれの配偶子嚢シスト内で細胞分裂が起こって多数の配偶子が形成される[2][9]。配偶子嚢シストは胞子枝から放出され、少なくとも一部の種では休眠能をもつが、最終的に胞子壁にある蓋が外れて配偶子が放出される[2][9][17](図3)。配偶子は2本鞭毛性であり、は雌雄の差はない同型配偶子である[2](図3)。配偶子は合体して接合子を形成し、接合子は粘液物質を分泌して岩などに着底して発芽し、藻体を形成する[2][18](図3)。この際、接合子の核(一次核)は仮根部に留まる[16]。主軸は順々に側枝を輪生するが(輪生枝)、古い側枝から脱落する[19]。その後、主軸の先端に胞子枝を形成する[19]

仮根の断片化などにより無性生殖を行うことがある[2]。また、培養下では配偶子が融合を経ずに単為発生することがあるが、正常な藻体を形成できないともされる[2]

分布・生態

4. 海底で生育するカサノリ属の1種(サルデーニャ島

カサノリ属は、世界中の熱帯域から亜熱帯域に分布する[2](図4)。ホソエガサ(Acetabularia caliculus)は比較的高緯度まで分布しており、温帯域の能登半島周辺にまで分布する[2][6]。汽水域や高塩分の浅瀬に見られることもある[2]。藻体は岩、石、サンゴの破片、貝殻、さらには木材や人工基質に付着している[2]

2025年現在、日本の環境省レッドリストでは、カサノリAcetabularia ryukyuensis)が絶滅危惧II類(VU)に、ホソエガサAcetabularia caliculus)が準絶滅危惧(NT)に指定されている[20]

人間との関わり

カサノリ属は発生後期まで単核の状態を維持し、種特異的なカサ(胞子枝)を形成し、再性能が高く接ぎ木が可能であるため、ドイツの植物学者である Joachim Hämmerling はこれを利用して形態形成の情報が何に含まれるのかを示す一連の有名な実験を行なった[12][21][22][23][24]Acetabularia acetabulumAcetabularia crenulata において主軸と仮根部を入れ替える接木を行うと、最初は主軸の種のカサを形成するが、このカサを除去すると、次には仮根部の種のカサを形成する[21](図5)。このようなさまざまな実験から、形態形成の情報は核に存在し、これに由来する形態形成のための情報物質が主軸に蓄積していると考えられるようになった[21]。この情報物質は morphogenetic substance(形態形成物質)とよばれていたが、現在ではこれは伝令RNA (mRNA) であると考えられている[21][23]

5. Acetabularia crenulata(青)と Acetabularia acetabulum(黄)の間の接ぎ木実験:左から �(1) 傘を除去し、(2) 柄を入れ替えると、(3) 最初は柄と同じ種の傘を形成するが、この傘を除去すると (4) 次は仮根部と同じ種の傘を形成する。

系統と分類

2025年現在、カサノリ属には15種ほどが知られている[2](下表1)。分類形質としては、傘の大きさや形態、仮根の大きさなどが用いられる[2][8]。胞子枝(子嚢)が互いに離れ、下冠を欠くものは、ふつうヒナカサノリ属(Parvocaulis)として別属に分けられるが、これを同属に扱っている例もある[8]

表1. カサノリ属分類体系の1例(†は化石種)[2][25]

分子時計解析からは、カサノリ属と姉妹群であるヒナカサノリ属との分岐が約2億5600万年前と推定されている[26]。一方、カサノリ属の化石記録は、第三紀までしか知られていない[2]

脚注

参考文献

外部リンク

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