Wikiwand AI

ギャレス・バリー

イングランドのサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ガレス・バリー(Gareth Barry, 1981年2月23日 - )は、イングランド出身の元サッカー選手。元イングランド代表。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。プレミアリーグ設立後では歴代最多試合出場記録を持つ[1]。

愛称 ガズ
ラテン文字 Gareth BARRY
生年月日 (1981-02-23) 1981年2月23日(45歳)
概要 ガレス・バリー, 名前 ...
ガレス・バリー
エヴァートンでのバリー (2015年)
名前
愛称 ガズ
ラテン文字 Gareth BARRY
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1981-02-23) 1981年2月23日(45歳)
出身地 ヘイスティングス
身長 183cm
体重 79kg
選手情報
ポジション MF / DF
利き足 左足
ユース
1995-1997 イングランドの旗 ブライトン
1997-1998 イングランドの旗 アストン・ヴィラ
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1998-2009 イングランドの旗 アストン・ヴィラ 365 (41)
2009-2014 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 132 (6)
2013-2014 →イングランドの旗 エヴァートン (loan) 32 (3)
2014-2017 イングランドの旗 エヴァートン 99 (2)
2017-2020 イングランドの旗 ウェスト・ブロムウィッチ 52 (2)
2024- イングランドの旗 ハーストピアポイント 2 (1)
代表歴
1997-1998  イングランド U-16 6 (0)
1998-1999  イングランド U-18 5 (0)
1998-2003  イングランド U-21 27 (2)
2007 イングランドの旗 イングランドB 1 (0)
2000-2012 イングランドの旗 イングランド 53 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
閉じる

元チームメイトであるガレス・サウスゲートとともに、旧ウェンブリー・スタジアムでの最後のクラブの試合、代表の試合の両方に出場している選手である。クラブの試合は、2000年のFAカップ決勝の対チェルシーFC戦、代表の試合はワールドカップ予選の対ドイツ代表戦である。両試合とも0-1で敗れている。

来歴

アストン・ヴィラ

ヘイスティングスにあるウィリアム・パーカー・スポーツカレッジに入学。U-16サッカーイングランド代表(英語版)キャプテンとして活躍し、ブライトンのユースから、マイケル・スタンディング(英語版)とともに、1997年に16歳でアストン・ヴィラFCに加入し、クラブと練習生契約を結んだ。その当時は、スタンディングの方が有望な選手であると思われていた。U-18の代表でもキャプテンを務め、アストン・ヴィラFCでもキャプテンを務めていた。学生時代には、ラグビーなどの他のスポーツもこなした[2]。1998年5月2日の対シェフィールド・ウェンズデイ戦がアストン・ヴィラでのデビュー戦であったが、ポジションはセンターバックであった。バリーは非常にユーティリティー性の高い選手で、左サイドバック、左サイドハーフへと活躍の幅を広げ、主にセンターハーフとして出場し、イングランド代表としても主力として活躍した。PKキッカーも務めていた。

2005年4月2日の対ニューカッスル・ユナイテッド戦の最中に起こった、リー・ボウヤーとキーロン・ダイアーの喧嘩の際には仲裁に入った[3](なおダイアーとボウヤーは揃って退場処分となった)。

2007年10月28日の対ボルトン・ワンダラーズFC戦では、フランク・ランパードが保持していた記録を更新し、最年少でリーグ戦300試合出場を達成した選手となった(26歳と247日)[4]。また、2008年9月18日に行われたUEFAカップの対リテックス・ロヴェチ戦でアストン・ヴィラでの公式戦通算400試合出場を達成し、クラブに最も長く所属している選手となった[5]。

2008年5月、リヴァプールFCが獲得に興味を示したが、リヴァプールが提示したオファーをアストン・ヴィラは何れも拒否した[6][7][8]。

2008年6月29日には、バリーは、契約は2年残っているが、紙面上で「クラブは僕に残ってほしいと言ってくれているけど、監督からはここ数週間何の連絡もない」とマーティン・オニール監督を批判し、チャンピオンズリーグに出場するためにもリヴァプールに移籍したいと希望を語った[9]。それに対しオニールは、オーナーであるランディ・ラーナー(英語版)は選手にクラブで出場し続けたいと思えるたくさんのインセンティブを与えていると答えている[8]。

その後も両クラブの交渉は続いたが、アストン・ヴィラの設定している移籍金1800万ポンド(約38億円)をリヴァプールが提示することはなく、アストン・ヴィラは7月末に、バリーはアストン・ヴィラに残ると残留を明言した。

マンチェスター・シティ

2009年6月2日、1200万ポンドの移籍金でマンチェスター・シティFCへ移籍、5年間の契約を結んだ[10][11]。

エヴァートン

2013年9月2日、エヴァートンFCへのレンタル移籍が決定。

2014年12月26日に行われたストーク・シティFC戦でイエローカードを受け、プレミアリーグ設立後の通算警告記録で単独首位に立ったのと同時に、プレミアリーグで初めてイエローカードを100枚受けた選手となった[12]。

ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン

2017年8月15日、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCへ1年契約で移籍することが発表された[13]。9月25日のアーセナルFC戦で通算633試合出場となり、ライアン・ギグスの持つプレミアリーグ最多出場記録を更新した[1]。

バリーは2020年8月27日にサッカーからの引退を発表した。[14][15] しかし、プロとしてのキャリアを終えた後も、ギダーミンスターをホームとする、35歳以上のチーム「コンバートン・ダイナモーズ・ベテランズ」に所属した。[16][17][18] また、2024年7月には、イングランド12部相当の、「ミッド・サセックス・フットボールリーグ」に所属するアマチュアチーム「バーストピアポイント」に加入した。[19]

代表

イングランド代表でのバリー

U-21のイングランド代表としてのデビューは、1998年の対チェコ戦であり27キャップを記録している。このキャップ数は、スコット・カーソン、ジェイムズ・ミルナーに次ぐ記録となっている。

A代表に初めて選出されたのは、ケヴィン・キーガンが監督を務めていた時で、ジェイソン・ウィルコックス(英語版)の負傷により、EURO2000のメンバーにも選出されるが[20]、出場機会はなかった。初めてメンバーに選出されたのは、2000年5月31日の対ウクライナ戦であり、初めて先発出場したのは、9月2日の対フランス戦である。

その後は、2003年の対南アフリカ戦、セルビア・モンテネグロ戦、スロバキア戦まで招集されなかった。

2007年2月7日の対スペイン戦の後半から、スティーヴン・ジェラードと交替で、後半から出場し4年振りの出場を果たした。5月27日にはB代表として、対アルバニア戦の3-1の勝利に貢献している。

故障中のオーウェン・ハーグリーヴスに代わり、9月2日の対イスラエル戦では、センターハーフとしてジェラードと中盤を構成し、高い評価を得た。9月12日のロシア戦でハーグリーヴスが良いパフォーマンスを発揮できなかったこともあり[21]、バリーはレギュラーとしてセンターハーフのポジションを確保するに至った。

EURO2008予選の対エストニア戦では、マン・オブ・ザ・マッチに選出される活躍を見せ、ファビオ・カペッロが監督になって最初の試合である2008年2月6日の対スイス戦のメンバーにも選出された。代表での初ゴールは、6月1日の対トリニダード・トバゴ戦であり、後半からはキャプテンを務めた[22]。

2009年6月6日のワールドカップ予選のカザフスタン戦では代表で自身2ゴール目を記録して勝利に貢献した[23]。

ワールドカップには2010 FIFAワールドカップで初出場を果たし、グループリーグのスロベニア戦、アルジェリア戦、決勝トーナメント1回戦のドイツ戦の計3試合に出場した。

個人成績

さらに見る クラブ, シーズン ...
クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 通算
ディビジョン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
アストン・ヴィラ 1997-98 プレミアリーグ20000000—20
1998-99 プレミアリーグ322200030—372
1999-00 プレミアリーグ3016080——441
2000-01 プレミアリーグ300301041—381
2001-02 プレミアリーグ200100070—280
2002-03 プレミアリーグ353104140—444
2003-04 プレミアリーグ3631160——434
2004-05 プレミアリーグ3471110——368
2005-06 プレミアリーグ3633132——426
2006-07 プレミアリーグ3581031——399
2007-08 プレミアリーグ3791020——409
2008-09 プレミアリーグ385101083—488
通算365412132942640044152
マンチェスター・シティ 2009-10 プレミアリーグ3423061——433
2010-11 プレミアリーグ332700070—472
2011-12 プレミアリーグ34100207010441
2012-13 プレミアリーグ31151104000412
通算132615191180101758
エヴァートン (loan) 2013-14 プレミアリーグ3234010——373
エヴァートン 2014-15 プレミアリーグ330200090—440
2015-16 プレミアリーグ3302040——390
2016-17 プレミアリーグ3321000——342
2017-18 プレミアリーグ00000010—10
通算13159050100001555
ウェスト・ブロムウィッチ 2017-18 プレミアリーグ2513010——291
2018-19 EFLチャンピオンシップ2410020—00261
2019-20 EFLチャンピオンシップ303000——60
通算52260300000612
総通算680545144655441083267
閉じる

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 53試合 3得点(2000年-2012年)[24]
さらに見る イングランド代表, 国際Aマッチ ...
イングランド代表国際Aマッチ
年出場得点
200060
200320
200780
2008101
200991
201090
201171
201220
通算533
閉じる

獲得タイトル

アストン・ヴィラ

マンチェスター・シティ

エヴァートン

  • クラブ年間最優秀選手:2015-16

記録

私生活

幼馴染のルイーズと2007年の夏に結婚し[25]、息子のオスカーと娘のフレイアの二人の子どもを授かっている[26]。

脚注

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks