ギジェルモ・バレラ
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| 名前 | ||||||
| 本名 |
ギジェルモ・バレラ・オリベラ Guillermo Varela Olivera[1] | |||||
| ラテン文字 | Guillermo Varela | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1993年3月24日(32歳) | |||||
| 出身地 | モンテビデオ | |||||
| 身長 | 173cm[2] | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF (RSB) | |||||
| 背番号 | 2 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| -2012 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2012–2013 |
| 1 | (0) | |||
| 2013-2017 |
| 4 | (0) | |||
| 2013-2014 |
→ | 33 | (1) | |||
| 2016-2017 |
→ | 7 | (0) | |||
| 2017-2018 |
| 32 | (0) | |||
| 2019-2021 |
| 20 | (0) | |||
| 2020-2021 |
→ | 17 | (0) | |||
| 2021-2023 |
| 25 | (0) | |||
| 2022- |
→ | 5 | (0) | |||
| 2023- |
| 12 | (0) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2008-2010 |
| 9 | (0) | |||
| 2011-2013 |
| 16 | (0) | |||
| 2017- |
| 7 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2024年8月13日現在。 2. 2022年8月22日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ギジェルモ・バレラ・オリベラ (Guillermo Varela Olivera, ローカル発音: [ɡiˈʃermo βaˈɾela oliˈβeɾa], 1993年3月24日 - )は、ウルグアイ・モンテビデオ出身のサッカー選手。カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA・CRフラメンゴ所属。ウルグアイ代表。ポジションはディフェンダー。
ペニャロール
バレラはモンテビデオで生まれ、地元のペニャロールでキャリアをスタートした。2011年6月5日に行われたプリメーラ・ディビシオン最終節のラシン・クルブ・デ・モンテビデオ戦でトップチームデビューを果たしたが、チームは0-1でホームゲームを落とした[3]。
マンチェスター・ユナイテッド
2013年5月、南米ユース選手権で好パフォーマンスを披露したバレラはマンチェスター・ユナイテッドで2週間に渡るトライアルに参加することになった[4]。
6月7日にマンチェスター・ユナイテッドはバレラの移籍について推定280万ユーロの移籍金でペニャロールと合意したことを発表した[5]。バレラはデイヴィッド・モイーズ監督がユナイテッドで初めて獲得した選手となり[6]、6月11日に5年間の契約を結んだ。
レアル・マドリード・カスティージャへ期限付き移籍
2014年9月、バレラはレアル・マドリードのリザーブチームであるレアル・マドリード・カスティージャへシーズン終了までの期限付き移籍で加入することになった。UEFAチャンピオンズリーグ 2014-15にはメンバー登録され、28番の背番号を与えられた。リーグ戦では33試合に出場し、2015年2月21日に行われたバラカルド戦でマルティン・ウーデゴールのアシストからセグンダ・ディビシオンBの試合における唯一のゴールを記録している[7]。
マンチェスター・ユナイテッド復帰
マンチェスター・ユナイテッドに復帰したバレラはUEFAチャンピオンズリーグ 2015-16のグループステージにおけるメンバーに登録された。2015年12月5日に行われたプレミアリーグのウェストハム・ユナイテッド戦でパディ・マクネアとハーフタイムに交代で出場し、デビューを果たした。12月8日に行われたUEFAチャンピオンズリーグのヴォルフスブルク戦にフル出場し、チャンピオンズリーグデビューも果たしたが、チームは2-3で敗れグループステージ敗退が決定した。
フランクフルトへと期限付き移籍
2016年夏の移籍市場で、ドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトへの期限付き移籍が発表された。期間は1年間。フランクフルトでは足首靭帯断裂の影響もあり、わずか7試合の出場に留まり、DFBポカール2016-2017決勝戦を前に、右前腕に刺青を入れたことで感染症に罹ったことにチームの逆鱗に触れ、当初の予定より早く即日での契約解除となった[8]。
ペニャロール復帰
2017年8月12日、古巣ペニャロールへ完全移籍したことが発表された。
コペンハーゲン
2018年12月20日、デンマーク・スーペルリーガのFCコペンハーゲンへ移籍した。2シーズン在籍し、公式戦53試合に出場した。
ディナモ・モスクワ
2020年10月17日、ロシア・プレミアリーグのFCディナモ・モスクワへの期限付き移籍が発表された。期間は2020-21シーズンまで。公式戦19試合に出場し、シーズン終了後の2021年7月17日、ディナモ・モスクワへ完全移籍したことが発表された。契約期間は2024年6月30日までの2年間[9]。
フラメンゴ
2022年7月30日、フラメンゴはギジェルモ・バレラをディナモ・モスクワから2023年5月31日までの期限付き移籍で獲得した[10][11][12]。2023年1月12日、フラメンゴはバレラがディナモ・モスクワとの契約終了後の2023年7月1日から正式加入するプレ契約を締結したと発表した[13]。
代表経歴
2013 FIFA U-20ワールドカップに出場し、準優勝を経験している。
2017年11月10日、ポーランド代表との親善試合でフル代表デビュー。この試合はスコアレスドローに終わったものの、デビュー戦にもかかわらず及第点の出来を見せ、ウルグアイ代表史上最多出場記録の保持者(当時)であるマクシ・ペレイラから定位置を奪い取った。
2018年5月、2018 FIFAワールドカップに向けた暫定登録メンバー26人の一人に選ばれた[14]。
2018 FIFAワールドカップ以降、オスカル・タバレス体制が終了するまで招集されることはなかったが、2022年6月6日のアメリカ合衆国代表との親善試合で約4年ぶりの代表復帰。
2022年11月10日、カタールW杯に向けたメンバーの1人に選ばれた[15]。右サイドバックのファーストチョイスと目されていたロナルド・アラウホの怪我が長引き、レギュラーとして出場するも、チームはグループステージ敗退となった。
2024年6月8日、コパ・アメリカ2024に出場するウルグアイ代表メンバーに選出された[16]。