マティアス・ベシーノ

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本名 マティアス・ベシーノ・ファレーロ
Matías Vecino Falero
ラテン文字 Matías VECINO
生年月日 (1991-08-24) 1991年8月24日(34歳)
マティアス・ベシーノ
ウルグアイ代表でのベシーノ(2017年)
名前
本名 マティアス・ベシーノ・ファレーロ
Matías Vecino Falero
ラテン文字 Matías VECINO
基本情報
国籍 ウルグアイの旗 ウルグアイ
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1991-08-24) 1991年8月24日(34歳)
出身地 カネローネス
身長 189cm[1]
体重 81kg[1]
選手情報
在籍チーム スペインの旗 セルタ・デ・ビーゴ
ポジション MF (CH, OH)
背番号 15
利き足 右足
ユース
2009-2010 ウルグアイの旗 セントラル・エスパニョール
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2011 ウルグアイの旗 セントラル・エスパニョール 32 (2)
2011-2013 ウルグアイの旗 ナシオナル 18 (4)
2013-2017 イタリアの旗 フィオレンティーナ 67 (5)
2014 イタリアの旗 カリアリ (loan) 9 (2)
2014-2015 イタリアの旗 エンポリ (loan) 36 (2)
2017-2022 イタリアの旗 インテル 104 (10)
2022-2026 イタリアの旗 ラツィオ 83 (10)
2026- スペインの旗 セルタ
代表歴2
2010-2011  ウルグアイ U-20 35 (4)
2016- ウルグアイの旗 ウルグアイ 69 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年7月06日現在。
2. 2025年07月06日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マティアス・ベシーノ・ファレーロMatías Vecino Falero1991年8月24日 - )は、ウルグアイカネローネス出身のウルグアイ代表サッカー選手ラ・リーガセルタ・デ・ビーゴ所属。ポジションはミッドフィールダー。ウルグアイ出身であるが両親がイタリアモリーゼ州トレッラ・デル・サンニオの出身であるため本人もイタリアのパスポートを持っている[2]

クラブ

ウルグアイ時代

2009年18歳の頃からウルグアイ首都のクラブであるセントラル・エスパニョールの下部組織に所属。2010年より同クラブトップチームに所属しプロとしてのキャリアをスタートさせた。このシーズンはデビューシーズンながら32試合に出場し2得点をあげ、この活躍から2011 FIFA U-20ワールドカップウルグアイ代表に選出されている。2011年にウルグアイで最も強豪クラブとされるナシオナル・モンテビデオに移籍。2シーズンで18試合出場、4得点をあげた。

フィオレンティーナ

2013年1月24日にフィオレンティーナに250万ユーロの移籍金で移籍、4年契約を結んだ[3]。しかし外国人枠の問題でベシーノが正式にフィオレンティーナに登録され公式発表されたのは同年8月20日となった[4]。2013年9月26日に対インテル戦で後半78分にアルベルト・アクイラーニとの交代で出場、フィオレンティーナにおける公式戦及びセリエAデビューを果たした。

2014年1月29日にカリアリ・カルチョに半年間の期限付き移籍することがクラブ公式サイト上で発表された[5]。同年8月13日には、セリエAに昇格したエンポリFCに期限付き移籍することが決定した[6]。エンポリではマウリツィオ・サッリ監督の下でレギュラーとして活躍し、リーグ戦31試合に出場し2得点を挙げた。このシーズンのエンポリのサッカーはサッリ監督の手腕とともに大きく評価された。

2015-16シーズンはフィオレンティーナに復帰。当初はクラブが資金の捻出のために他クラブからのオファーを受け移籍するものと報道されていたが、新監督であるパウロ・ソウザが残留を希望しフィオレンティーナに残ることになった。このオファーはエンポリ時代の恩師であるサッリが新監督を務めるナポリが、移籍金1400万ユーロのオファーを検討していたとされる[7]。移籍期間終了後に本人は「クラブが自分を重要視してくれ、ナポリからの高額オファーを断ったことを嬉しく思う」と発言した[8]

インテル・ミラノ

2017年8月2日、インテルナツィオナーレ・ミラノと2021年までの4年契約を結ぶことが発表された[9]。アウェイで行われた2017-2018シーズン最終節のラツィオ戦で後半81分にCKからヘディングシュートを決め、インテルにとって7シーズンぶりのCL出場権獲得に貢献した。2018-2019シーズンCL第1節トッテナム・ホットスパーFC戦では後半終了間際にCKからヘディングシュートを決め、劇的な逆転勝利に貢献した。2019-2020シーズン第23節のミラノダービーでは同点弾を決め、チームの逆転勝利に貢献した。

ラツィオ

2022年8月1日、SSラツィオへの移籍が発表された[10]

セルタ

2026年2月2日、セルタ・デ・ビーゴへの移籍が発表された[11]

代表

2010年に2011 FIFA U-20ワールドカップの南米予選のウルグアイ代表に招集される。予選2位で勝ち抜け、本大会にも出場した。2015-16シーズンのフィオレンティーナでの活躍によって二重国籍を保有するイタリアのFIGCから「イタリア代表の招集に応じるか」問われたが、本人が「育ったウルグアイ代表をからの招集を待つ」と答えた[12]

2016年3月4日にウルグアイ代表監督のオスカル・タバレスによって、ワールドカップ南米予選ブラジル戦、ペルー戦に向けたフル代表メンバーに招集され[13]、3月25日のブラジル戦で代表デビュー。同年5月27日のトリニダード・トバゴとの親善試合で代表初得点を挙げた。

人物

左右のインサイドハーフやトレクアルティスタとしてプレーが出来る強力な攻撃スキルをもったプレーヤーである[14]。また身長の高さを活かしたハイボールの競り合いや、ミドルシュートにも秀でている[15]。子供の頃はジネディーヌ・ジダンフアン・セバスティアン・ベロンに憧れていたと話す[16]。2015年にフィオレンティーナへ復帰した後はパウロ・ソウザ監督によりレギュラーとして起用され続け、主にセントラル・ミッドフィールダーのポジションでプレーしている[17]

エピソード

  • 両親がイタリア出身であるがフィオレンティーナ移籍時の2013年1月の時点では「イタリア語はまだ上手く話せない」と語っていた[15]

個人成績

クラブ

2023年6月3日現在
クラブ シーズン リーグ戦 国内カップ 国際大会 合計
ディヴィジョン出場得点出場得点出場得点出場得点
セントラル・エスパニョール 2009-10 プリメーラ 9000-90
2010-11 23200-232
通算 3220000322
ナシオナル 2011-12 プリメーラ 1330020153
2012-13 51003182
通算 1840051235
フィオレンティーナ 2013-14 セリエA 6010-70
2015-16 3021070382
2016-17 3132071404
通算 67540141856
カリアリ 2013-14 セリエA 9200-92
エンポリ 2014-15 セリエA 36220-382
インテル 2017-18 セリエA 29320-313
2018-19 3031092405
2019-20 202104125
2020-21 81000081
2021-22 1712040231
通算 104106017312713
ラツィオ 2022-23 セリエA 32220102444
キャリア通算 2982714046735834

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 69試合 5得点(2016年 - )[18]
ウルグアイ代表国際Aマッチ
出場得点
201691
2017100
2018121
2019101
202000
2021150
202291
202341
通算695

得点

#開催日開催地対戦国スコア結果大会
12016年5月27日ウルグアイの旗 モンテビデオエスタディオ・センテナリオトリニダード・トバゴの旗 トリニダード・トバゴ3-13-1親善試合
22018年10月12日大韓民国の旗 ソウル特別市ソウルワールドカップ競技場大韓民国の旗 韓国1-12-1
32019年3月25日中華人民共和国の旗 南寧市広西体育中心タイ王国の旗 タイ1-04-0チャイナ・カップ
42022年6月2日アメリカ合衆国の旗 グレンデールステートファーム・スタジアムメキシコの旗 メキシコ1-03-0親善試合
52023年3月28日大韓民国の旗 ソウル特別市、ソウルワールドカップ競技場大韓民国の旗 韓国1-21-2

タイトル

脚注

外部リンク

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