クルシフィックス
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2歳時から快速ぶりを発揮し、現在も残るジュライステークス等の競走を制している。クラシック戦線は2000ギニー、1000ギニーを史上初めて連覇すると、距離が伸びたオークスも快勝した。この後はそのまま引退。当時としてもかなり早い引退である。なおウェストオーストラリアンが史上初のクラシック三冠を達成したのが1853年であり、クルシフィックスの13年後のことであった。
引退後は繁殖牝馬となった。繁殖成績は同世代のポカホンタスにこそ及ばないものの、タッチストンとの間に残したサープライスはダービーステークスとセントレジャーステークスを制し、母子2代合わせてのクラシック全制覇を達成している。他にカウル(父ベイミドルトン)等。牝駒ロザリーは牝系子孫を伸ばし、ファミリーナンバー2号族i分枝(クルシフィックス系)の祖となった。
クルシフィックス自身は1857年に死亡。馬屋の近くに埋められた。側にはカウルの父ベイミドルトンも一緒に埋葬されている。