サルトラム
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| サルトラム | |
|---|---|
|
ジョージ・ガラード画(1792年) | |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 青鹿毛 |
| 生誕 | 1780年 |
| 死没 | 1802年 |
| 父 | エクリプス |
| 母 | ビラーゴ |
| 生国 | イギリス |
| 生産者 |
ジョン・パーカー (後のボリングドン卿) |
| 馬主 |
ジョン・パーカー →ウェールズ公ジョージ王子 |
| 調教師 | フランク・ニール |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 8戦4勝 |
サルトラム(Saltram、1780年 - 1802年)は、18世紀末のイギリスの競走馬。1783年に行なわれた第4回ダービーステークス優勝馬である。父はエクリプス (Eclipse) 、母はビラーゴ (Virago) 。1787年のオークス馬アネット (Annette) は全妹。体高は15.3ハンド(約160センチメートル)と当時としては大きな馬体の持ち主だった。
1783年から1785年にかけて走り、ダービーではチャールズ・ハインドリー騎乗で2着ダンガノン (Dungannon) 、3着パーリントン (Parlington) を破り優勝した。このとき破ったダンガノンは25戦して23勝2着2回した強豪で、1785年にクレーヴンステークスでふたたび相見えたときはあっさり負けてしまっている。なお、ダービーが1マイルで行なわれたのはこの年が最後となった。
引退後は種牡馬となりそこそこ成功した。1800年にはアメリカ・ヴァージニア州に輸出され、同国初期名馬ティモレオン(Timoleon、ボストンの父)の母の父になっている。また、イギリスに残した代表産駒のウィスキー (Whiskey) はダービー馬エリナーを出し、父系子孫は1830年代まで活躍馬を出していた。自身は1802年にヴァージニアで死んだ。22歳だった。