クワイエットデイ
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競走馬時代
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2002年11月2日、京都競馬場の新馬戦でデビューし4着に終わるも、4戦目で初勝利を挙げる[3]。きさらぎ賞などの芝レースを使われたこともあったが[4]、その後はダートの中距離路線で安定した走りを見せ、2004年から翌2005年にかけて14戦連続で3着以内に入る[3]。2006年に入り、1600万下特別の雅ステークスを勝って再びオープン入り[3]。昇級後は苦戦が続いたが、仁川ステークスを10番人気で逃げ切ると、続くマーチステークスでは最後方から追い込んで重賞初勝利を挙げた[3]。2008年2月限りで松元省一厩舎が松元の定年により解散すると羽月友彦厩舎に転厩したが、第1指節種子骨を骨折して引退した[5][6]。
引退後
引退後は2009年より青森県のワールドファームで種牡馬となったが、繁殖能力に問題があったために3年で種牡馬を引退した[4]。種牡馬引退後も引き続きワールドファームで繋養され、当て馬の仕事をこなしながら功労馬として余生を送った[4]。2022年12月13日に死亡[7]。22歳没。