グスタボ・ペトロ

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閣下
グスタボ・ペトロ
Gustavo Petro

ODB英語版 ODSC英語版
2022年撮影
コロンビアの旗 コロンビア共和国
第35代 大統領
就任
2022年8月7日
副大統領フランシア・マルケス
前任者イバン・ドゥケ
コロンビアの旗 コロンビア共和国上院議員
任期
2018年7月20日  2022年7月20日[注釈 1]
任期
2006年7月20日  2010年7月20日
ボゴタ市長
任期
2014年4月23日  2015年12月31日
前任者マリア・メルセデス・マルドナドスペイン語版(代行)
後任者エンリケ・ペニャロサ英語版
任期
2012年1月1日  2014年3月19日
前任者クララ・ロペス・オブレゴン英語版(代行)
後任者ラファエル・パルド・ルエダ英語版(代行)
コロンビアの旗 コロンビア共和国下院議員
任期
1998年7月20日  2006年7月20日
選挙区ボゴタ
任期
1991年12月1日  1994年7月20日
選挙区クンディナマルカ県
個人情報
生誕Gustavo Francisco Petro Urrego
(1960-04-19) 1960年4月19日(65歳)
 コロンビアコルドバ県シエナガ・デ・オロ英語版
政党人道的コロンビア英語版 (2011-現在)
協力政党M-19 (1977-1997)[注釈 2]
別の手段英語版 (1998-2002)
地域統合運動英語版 (2002-2004)
民主代替極点英語版 (2004-2010)
コロンビアのための歴史的協定英語版 (2021-現在)
配偶者カティア・ブルゴス(離婚)
メアリー・ルス・エラン
(結婚 1992年、離婚 2000年)

子供5
出身校エステルナド・デ・コロンビア大学英語版
行政高等学校スペイン語版
ハベリアナ大学
サラマンカ大学
ルーヴァン・カトリック大学
署名
公式サイトgustavopetro.co

グスタボ・フランシスコ・ペトロ・ウレゴ(Gustavo Francisco Petro Urrego、スペイン語発音: [ɡusˈtaβo fɾanˈsisko ˈpetɾo uˈreɣo]1960年4月19日 - )は、南米コロンビアの政治家、左翼ゲリラ4月19日運動(M-19)」元メンバー[1]。現在、同国大統領(第35代)[2]。M-19が1990年に武装解除してから大統領に当選するまでの間は、共和国議会上下両院の議員や首都ボゴタの市長を務めた[2]

「4月19日運動」参加まで

コロンビア北部のコルドバ県[2]教育者である父グスタボ・ペトロ・シエラと母クララ・ヌビア・ウレーゴとの間に生まれる。父方の曾祖父フランシスコ・ペトロは、1870年に南イタリアからコロンビア北部に移住した。生後すぐにシエナガ・デ・オロスペイン語版からボゴタに引っ越し、10歳まで同地で暮らした[3]。その後家族はシパキラに転居し、高校生の時に「カルタ・アル・プエブロ」という校内新聞を創刊し、ガルシア・マルケスの名にちなんだカルチャーセンターを創設した[4]キューバ革命の立役者の一人であるチェ・ゲバラが1967年にボリビアでのゲリラ闘争中に殺害された事件を報じる新聞記事を読んで泣いている父親を見たのが、政治を意識した初の体験だった[2]。既得権益層が支配するコロンビアの現状を憂い、中学時代にはマルクス主義の本を読み、友人たちと革命の必要性を語り合っていた[2]

経済学を学ぶ大学生だった[2]18歳の時[1]、4月19日運動(M-19)のメンバーとなった[5]。当時のコロンビアは不正選挙スペイン語版が明らかになり非常事態が敷かれるなど自由や人権が抑圧されており、それに対して立ち上がった若者の一人だったと回想している[1]。M-19におけるペトロの通称は「アウレリャノ」で、これはガルシア・マルケスの小説『百年の孤独』に登場するアウレリャノ・ブエンディア大佐にちなんだものである[6]

1984年、M-19は休戦状態となり和平交渉スペイン語版を行っていたが、ペトロはシパキア市議会議員でありながら中央広場でのデモでM-19の構成員であることを公にした[6]。M-19で、ペトロはパラミリターレススペイン語版)によって強制的に移動させられた 400 世帯の貧困層の家族を収容する土地の押収を主導し、後にボリバル83地区スペイン語版となる地域の建設に貢献した。その後ペトロは完全に身を隠し、M-19の主要指揮官の一人であるカルロス・ピサロと親しくなり、コロンビアにおける武力紛争の交渉による政治的解決と憲法制定議会への移行の必要性をピサロに主張した[7]

1985年10月にM-19による停戦は終了し、ペトロはボリバル83地区に住んでいた。同年10月24日、まだ議員かつM-19の活動的な構成員として活動していたが、武器を違法に所持していたとして国軍に捕らえられ、その後 10 日間の拷問を受けた。後に共謀罪で裁判所から有罪判決を受け、ボゴタのラ・モデロ刑務所に移送された[8][9][10]。M-19が1985年に起こした最高裁判所占拠事件には、収監中であったため関与していない[2]

1987年2月にペトロは釈放され、サンタンデールトリマに赴き、カルロス・ピサロ・レオンゴメススペイン語版などの他の構成員とともに、M-19とビルヒリオ・バルコ政権との間の和平プロセスに参加した[11]。 M-19の執行部の一員であること、また最高裁判所占拠へのM-19の参加により、ボゴタの裁判所は1989年にペトロと他25 名のM-19司令官に対し、反乱、陰謀、武器所持の犯罪を告発する決議を出した。その後、最高裁判所の占拠中もペトロは依然として収監されていた[12]ことが確認され、バルコ政権との和平プロセスののち前述の告発は取り消された[13]

学歴

M-19解散後、ペトロはエステルナド・デ・コロンビア大学で経済学の学位を取得した後、行政高等学校(ESAP, Escuela Superior de Administración Pública)の大学院で学び始めた。その後、ハベリアナ大学で経済学の修士号を取得した[14][15]。その後、ベルギーに渡り、ルーヴァン・カトリック大学の大学院で経済と人権の研究を行った(卒業はしていない)。また、スペインサラマンカ大学行政学の博士号を取得するための研究も修了した[16][17][18]

初期の政治的キャリア

大学卒業後、1984年から1986年までシパキラ市議会議員として選出された[19]

民主代替極点

上院議員として

ウリベ政権への反旗

2010年大統領選挙

ボゴタ市長

2012年、ボゴタ市長に就任した[1]

2018年大統領選挙

2018年5月27日執行の大統領選挙英語版の第1ラウンドで25%以上の得票率で2位となり、6月17日の決選投票で敗れた[20]

2022年大統領選挙

2022年5月29日執行の大統領選挙英語版に出馬し、得票率が40%で1位となり、同28%で2位となった実業家のロドルフォ・エルナンデス英語版ブカラマンガ市長と共に決選投票に進んだ[21]。6月19日の決選投票では50.44%の得票率(コロンビア中央選挙管理委員会発表)[2]を得た。エルナンデスは敗北を認め、ペトロの当選が決まった[22][23]。左派政権により混乱する東隣のベネズエラとの国交回復などを公約に掲げた[2]

2022年大統領選挙に至るまで、対立候補からは元左翼ゲリラの経歴を批判されたが、戦闘員だったことはないと主張している[1]。6月19日の勝利演説では「全てのコロンビア人の声を聞く」と語った[1]

大統領として

2022年8月7日に大統領に就任。これをきっかけに同年8月28日には公約でもあったベネズエラとの国交回復を果たした[24]

2022年大統領選でペトロの長男が麻薬カルテルから選挙資金を受け取っていたとの疑惑が浮上し、2023年7月29日マネーロンダリング(資金洗浄)容疑で長男が逮捕された[25]

これに対し、ペトロは8月3日、「この国の大統領は、選挙に勝つために息子や娘らに犯罪を頼んだことはない」と述べ、2026年の任期満了まで続投する意思を表明した[25]

報道によると、ペトロの長男は麻薬密売組織の関係者2人から裏金を受け取り、一部を選挙運動に使ったという。受け取った総額は10億ペソ(約3500万円)で、麻薬資金が紛れ込んだ選挙費用も法定上限を超えていたとみられる[26]

これを受け、コロンビア議会は暫定調査に着手した。ペトロ連立政権から離脱する政党が相次ぎ、ペトロが公約に掲げた医療・年金改革も進んでおらず、調査の結果次第では大統領の弾劾につながる可能性がある[25]

米国との対立

2025年1月26日アメリカドナルド・トランプ大統領は、コロンビア政府が同国出身の不法移民強制送還を拒否したとして、コロンビアに25%の関税を科すと発表した。ペトロ大統領は同日、「私はコロンビア人が手錠をかけられたまま飛行機に乗せられることを許さない」と述べ、アメリカからの輸入品に25%の報復関税を科すよう閣僚に命じた[27]

その後、トランプ大統領は不法移民を乗せた米軍機の着陸を拒否したコロンビアへの報復関税を撤回すると発表した。ホワイトハウスは声明で「コロンビア政府は、米国から送還するコロンビア人不法移民を制限なく受け入れることに同意した」と表明。米国とコロンビアの政治危機は、コロンビアの妥協により約9時間で終息した[28]。不法移民への強硬姿勢を鮮明に打ち出すトランプ政権が、中道左派政権のコロンビアを「見せしめ」に狙い撃ちにしたとの見方も出ている。

2025年5月12日中華人民共和国を訪問中のペトロ大統領は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」への参加を表明した。「中国と中南米にとって大きな一歩を踏み出すことを決意した」と述べた[29]。左派政権のコロンビアと米トランプ政権の関係が悪化する中、ペトロ政権は中国との関係を深めることで対抗したとみられる。

2025年9月26日アメリカ国務省国連総会一般討論演説のため訪米したペトロ大統領のビザを「無謀で煽動的な行為」を理由に取り消すと発表した[30]

ロイター通信によると、ペトロ大統領はニューヨーク国連本部前で群衆に「すべての米兵に銃口を人々に向けないよう求める。トランプ(米大統領)の命令に従うな。人道主義の命令に従おう」などと呼びかけた[31]

ペトロ大統領は9月23日アメリカ軍カリブ海ベネズエラから麻薬を輸送していたとする船舶公海上で武力攻撃したことを非難。乗船していた乗組員ら10人以上が死亡したことを受け、トランプ大統領を刑事訴追すべきだと発言していた[32]

ペトロ大統領は9月27日、米国が自身の入国査証(ビザ)を取り消したことを受け、パレスチナ自治区ガザへのイスラエル軍の武力攻撃を批判した件で、米国が国際法に違反していると批判した[33]

ペトロ大統領は「米国に渡航するためのビザをもう持っていないが、気に止めていない。私はコロンビア国民であるとともに欧州市民でもあり、ビザは必要ない」とTwitterに投稿した[34]

また「ジェノサイド(民族大量虐殺)を非難したことを理由にビザを取り消す行為は、米国がもはや国際法を尊重していないことを示している」と述べた[35]

国連総会に出席するためニューヨークを訪れていたペトロ大統領は、マンハッタンの国連本部前でパレスチナ支持派の抗議者らに向けて演説し、パレスチナ人の解放を最優先する世界的な軍事力の創設を訴えた[36]

コロンビア外務省は、「外交手段としてビザ取り消しを用いる行為は、表現の自由を擁護し、国連の行事における加盟国の独立性を保障する国連の精神に反する」との声明を発表した[37]

ペトロ大統領は2025年9月29日、米国との自由貿易協定(FTA)の見直しを求めると述べた。ペトロは「米国との協定見直しについて、環境保護の観点から正当だ」との見解を示し、イスラエルとの貿易協定の打ち切りもめざすと述べた[38]

ペトロは「米国、もしくは中国、インドのどこから来たものであれ、二酸化炭素(CO2)を排出する機械には関税を課すべきだ」と述べた[39]

米国がペトロのビザを取り消したことを受け、コロンビアの財務相や外相ら閣僚も29日、米国ビザを自ら返納すると表明した[40]

コロンビア政府は29日、同国初の国産ライフルを製造したと発表した。かつての軍事同盟国であるイスラエル製のIMI ガリルの代替品として、5年間に40万丁を生産し、「コロンビア軍の現行兵器を段階的に置き換える」としている。初の国産戦闘用ライフルは鋼鉄ポリマーで作られており、ガリル小銃よりも15-25%軽量化されている[41]

中道左派のペトロ政権は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相によるパレスチナ自治区ガザでの軍事作戦に抗議するため、2024年にイスラエルとの国交を断絶した[42]

また、米トランプ政権が「麻薬撲滅における同盟国リスト」からコロンビアを除外したことを受け、ペトロ政権は米国からの武器購入も停止するなど、コロンビアと米国の外交関係は急速に悪化している[43]

2025年10月19日、米国のトランプ大統領は、コロンビアのペトロ大統領が麻薬産業を容認していると非難し、同国への「大規模な支援金および補助金」を打ち切ると発表した[44]

トランプ大統領は自身のSNSで「コロンビアへの支援金、補助金は一切行われない」「ペトロ氏は違法な麻薬指導者であり、大小さまざまな畑で麻薬の大量生産を強く促している」と主張[45]

一方、ペトロ大統領は「コロンビアは米国に無礼な態度を取ったことはない。むしろ米国の文化を深く愛してきた。しかし、あなた(トランプ大統領)は非礼で、コロンビアについて無知だ」と反論した[46]

また、同日、米国のピート・ヘグセス国防長官は、コロンビアの左翼反政府勢力のものとされる麻薬密輸船を武力攻撃したことを発表した[47]

同長官によると、10月17日に行われた攻撃では、コロンビアの左翼ゲリラ「民族解放軍(ELN)」に関連するとされる船舶が攻撃を受け、乗組員ら3人が死亡した[48]

米軍は8月以降、ベネズエラ沖のカリブ海に展開し、米国に麻薬を運搬しているとみられる船舶少なくとも6隻を攻撃し、これまでに27人以上を殺害した[49]

ペトロ大統領は10月18日、9月の米軍による攻撃で死亡したコロンビア人漁師について、「米国による殺人だ」と非難した[50]

米国のトランプ大統領は10月19日、コロンビアに対する関税を引き上げるとともに、同国に対する財政援助を打ち切ると発表した[51]

エアフォースワンで会見したトランプ氏は「彼らは麻薬と闘っていない。彼らは麻薬を作っている」と述べ、コロンビア政府が麻薬取引に関与しているとの見方を示した[52]

トランプ氏は19日、「コロンビアでは麻薬ビジネスが断トツで最大のビジネスになっている。ペトロ氏はこれを止めるために何もしていない。米国は多額の支払いや補助金を提供してきたが、長年にわたってだまし取られたも同然だ」とSNSに投稿した[53]

リンゼー・グラム上院議員共和党)は19日、トランプ氏と会見後、「大統領はコロンビアに打撃を与える考えを私に明かした。麻薬産業だけでなく、経済に痛みを与える計画だ」と述べた[54]

2025年10月20日、コロンビア外務省は、米トランプ政権がコロンビアへの財政支援を打ち切り、関税を引き上げると表明したことを受け、ダニエル・ガルシア・ペーニャ駐米大使を召還したと発表した[55]

コロンビア外務省は「ペーニャ駐米大使は、ペトロ大統領との協議のために呼ばれ、現在、コロンビアの首都ボゴタに滞在している」「今後、数時間以内にコロンビア政府による決定を発表する」と述べ、ペーニャ駐米大使と対応を協議していることを明らかにした[56]

2025年10月21日、コロンビア外務省は、ペトロ大統領、マクナマラ米臨時代理大使、ペーニャ駐米大使の会合が20日夜に行われ、コロンビア・米国関係の緊張緩和を模索したと発表した[57]

マクナマラ臨時代理大使は、米政府が対コロンビア関税引き上げを決定したことについて、トランプ大統領の専権事項だと明言した[58]

コロンビア外務省は、コロンビア・米両国が麻薬との戦いで引き続き連携することが望ましいとし、ペトロ大統領が「長く、率直で、建設的な」話し合いで、コカなどの違法作物の代替支援策を拡充する決意を改めて示した、とした[59]

また、米国に対し、「コカ栽培面積やコカイン生産に関する正確な統計に基づいて決定を下すべき」とし、過去の統計に誤りがあったことを国連が認めたと指摘した[60]

コロンビア外務省は「ペトロ政権下でのコカイン押収量は歴代政権を上回っている」とし、2024年のコカ栽培面積は3%の増加にとどまった、としている[61]

2025年10月23日、ペトロ大統領は、米トランプ政権の麻薬対策を強く非難し、米国による財政支援打ち切りの「脅し」を一蹴した[62]

ペトロ大統領は「トランプ氏は私を中傷し、コロンビアを侮辱した」と批判。米軍による麻薬密輸船への武力攻撃を「国際法に違反する超法規的殺人」と非難した[63]

米政府によれば、米軍は8月以降、米国に麻薬を密輸しているとみなした船舶少なくとも9隻を攻撃し、少なくとも37人を殺害した[64]

ペトロ大統領は、犠牲者にはコロンビア人1人が含まれており、その漁師が貧困から逃れるために密輸に関与していた可能性があると認めた[65]

コロンビア政府は米国に船舶攻撃の中止を求めているが、ペトロ氏を「ちんぴら」「麻薬密売人」と呼ぶトランプ氏を激怒させ、報復として米国は数億ドル規模の財政支援の打ち切りと、コロンビアからの輸入品への関税引き上げを決定した[66]

米政府の統計によると、米国は2023年、コロンビア政府に約7億5千万ドル(約1114億円)の資金援助を提供した[67]

一方、ペトロ氏は援助停止の影響を否定。支援の大半は米国の非政府組織(NGO)の資金や米国製兵器の購入に充てられているとし、「援助が打ち切られたらどうなるか?私の見解では、何も変わらない」と述べた[68]

2025年10月24日アメリカ財務省は、ペトロ大統領に制裁を科すと発表した[69]

ペトロ氏が「世界的な違法薬物取引に関与した」とし、同氏の妻子とコロンビアのベネデッティ内務大臣も制裁対象に含まれている[70]

スコット・ベッセント財務長官は、「ペトロ大統領の就任以来、コロンビアのコカイン生産量は数十年ぶりの高水準に急増した。それらは米国に流入し、米国民を中毒に陥れている」と述べた[71]

ペトロ大統領は自身のSNSで告発を否定し、「米国人弁護士を雇い、制裁に対抗する」と投稿した[72]

ペトロ氏は「コロンビアは数十年にわたる麻薬との戦いで成果を上げた」と主張。「コロンビアは米国でのコカイン消費の抑制に多大な貢献をしてきた。そのような国からの制裁は、まったく矛盾している」「一歩も後退せず、決して屈服するつもりはない」と述べた[73]

ベネデッティ内相もSNSで米国の制裁措置を批判。「麻薬密売人の家に入ったことは一度もない」と主張した[74]

また、ペトロ氏の息子ニコラス氏も、米国の制裁を「前例のない政治的・司法的迫害」と批判。「私の権利を守るために国際機関に頼る」と述べた[75]

ニコラス氏は2023年、麻薬密売組織から受け取った資金をペトロ氏の選挙運動などに流用したとしてマネーロンダリング(資金洗浄)容疑で逮捕されているが、同氏は「麻薬密売や大統領選とは一切関係ないと検察が明言した」と反論した[76]

コロンビアは長年、麻薬戦争対テロ戦争における米国の同盟国であり、2022年には当時のジョー・バイデン米大統領がコロンビアを「北大西洋条約機構(NATO)に属さない主要な同盟国」に指定している[77]

2026年1月5日、コロンビアのペトロ大統領は、アメリカ軍による隣国ベネズエラへの軍事攻撃で同国のニコラス・マドゥロ 大統領夫妻が麻薬密輸の疑いで米軍特殊部隊に拘束、米国内に連行されたことを受け、米トランプ政権の脅威から国家主権を守るために「武器を取る覚悟がある」と述べた[78]

ペトロは自身のSNSに「私は麻薬密売人ではない」と投稿、麻薬密売への関与を否定した。元ゲリラ出身のペトロは「私は軍人ではないが、戦争を知っている」「二度と武器を手にしないと誓ったが、祖国のためなら再び武器を取るだろう」と述べた[79]

ペトロは米軍によるベネズエラ攻撃が開始された1月3日、米国を非難するとともに、非常事態宣言を発令。ベネズエラとの国境地帯にコロンビア軍部隊約3万人を展開させた。

トランプ大統領は1月4日、ベネズエラに続いてコロンビアへの武力攻撃を警告。対コロンビア軍事作戦の可能性について、「良い考えだと思う」と述べた[80]

トランプは記者団に対し「コロンビアも非常に病んでいる。コカインを製造し米国に密売するのが好きな病んだ男が統治している。彼は長く続かないだろう」と述べ、暗にペトロを批判した[81]

一方、コロンビア政府は4日、声明で「選出された首脳に対する許容できない脅威」と反発。「国際法の規範に反する国内問題への不当な干渉だ」と述べた[82]

米国とコロンビアの外交関係の緊張を受け、コロンビアのドル建て国債は5日に下落した。ペトロ政権が昨年、最低賃金を23%引き上げると発表して以来、インフレーションや財政悪化への懸念が広まり、コロンビア国債は下押し圧力にさらされている[83]

コロンビア政府は5日、麻薬対策で引き続き米国と協力を継続すると表明した[84]

ベネデッティ内相は「コロンビアは米国に対し、麻薬密売との戦いにおいて連携・協力すると伝えた」と述べた[85]

イダラガ法相は「我々は引き続き、特にベネズエラとの国境における、この問題との戦いに注力していく」と述べた[86]

2026年1月7日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領と電話会談したことを自らのSNSで明らかにした[87]

ペトロ大統領とホワイトハウスでの会談を調整しているとし、「近い将来(対面で)会うことを楽しみにしている」と述べた[88]

トランプ大統領はペトロ氏が「麻薬問題やその他の意見の相違について説明するために電話をかけてきた」「私は大統領の電話とその話しぶりを評価している」と述べ、これまでの強硬姿勢を軟化させた[89]

米国との和解

2026年2月3日、アメリカのドナルド・トランプ大統領とコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領はホワイトハウスで会談した。麻薬問題を巡って激しく対立してきた両者は和解した[90]

会談は約2時間に及び、非公開だったが、会談後、トランプ大統領はペトロ氏との会談を「とてもうまくいった」「とてもよい会談だった」と記者団に説明。それまで半ば公然と批判していたペトロ氏を「彼は素晴らしい人物だ」と評した[91]

トランプ氏はペトロ氏への制裁解除に前向きな意向を示したほか、ペトロ氏が麻薬対策やテロ対策で米国と協調する意思を示したことを明らかにした[92]

ペトロ氏は会談後、トランプ氏が書いたとみられる手書きのメモを示した。メモには「大変光栄だ。私はコロンビアが大好きだ」と書かれていた[93]

ペトロ氏は会談について「楽観的で建設的だった」と評価。ペトロ氏はトランプ氏に国外に潜伏する麻薬カルテル幹部を逮捕するための国際的な協力を求めた[94]

また、ベネズエラ問題について、ベネズエラの新政権が米国やコロンビアと協調し、石油天然ガスを輸出できるようになることを望むと述べた[95]

ペトロ氏はトランプ氏がコロンビアとエクアドル貿易戦争親米右派のエクアドル政府がコロンビアからの輸入品に30%の関税を課した問題)の仲裁に同意したことを明らかにした[96]

ペトロ氏は「彼(トランプ氏)は多くの問題で自分の考えを変えなかった。そして、私も変えなかった」と述べた[97]

コカイン合法化

コロンビアは世界有数のコカイン生産国であり、ペトロはコカイン取引と消費の合法化を主張している。ペトロはコカインについて、「ウイスキーほど有害ではない」と主張。「コカインが有害とされているのは中南米で生産されているからだ。ウイスキーよりも有害だからではない」「科学者がこれを分析した。コカインはウイスキーほど有害ではない」と述べ、世界中でコカインが合法化されれば、世界のコカイン産業は「容易に解体できる」と主張した。「平和を望むなら、(コカイン密売)ビジネスを解体しなければならない」「世界中でコカインが合法化されれば、容易に解体できる。コカインはワインのように売られるだろう」と述べた[98]

日本との関係

2025年9月4日から9月6日まで日本を公式訪問し、石破茂内閣総理大臣と会談した[99]

両首脳は、コロンビア国内和平定着への協力や、脱炭素化に向けた連携強化で合意した。

滞在中、大阪府で開催中の2025年日本国際博覧会会場を訪れ、報道陣に「現代は多くの争いが起きているが、このような時代だからこそ、平和を求めるべきだ。地球が暴力で満たされないよう、手をつないでいかなくてはならない」と述べた[100]

家族

結婚を3度しており、現在の妻との間には娘が2人いる[2]

脚注

関連項目

外部リンク

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