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グレンコー (競走馬)

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グレンコー
Glencoe, from Frank Forester's Horse and Horsemanship of the United States published in 1857
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1831年8月
死没 1857年
父 サルタン
母 トランポリン
生国 イギリス
生産者 第5代ジャージー卿
馬主 第5代ジャージー卿
調教師 ジェームズ・エドワード
競走成績
生涯成績 9戦7勝
獲得賞金 不明
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グレンコー(Glencoe、1831年 - 1857年)は、イギリスの競走馬である。1834年に2000ギニーを制したほか、翌年アスコットゴールドカップに勝った。種牡馬としてはすぐにアメリカに輸出されたが、輸出先で大成功を収め8年間種牡馬チャンピオンを獲得した。イギリスに残した産駒、ポカホンタスは名繁殖牝馬として有名である。名前はスコットランドの有名な谷から。

セカンドリドルズワースステークス、デザートステークスに勝ち、デビュー以来の3連勝で2000ギニーを制覇した。同世代にはほかにプレニポテンシャリーやタッチストンらがおり、レベルの高い世代として知られている。エプソムダービーではそのプレニポテンシャリーの3着に敗れている。この年はほかにグッドウッドカップなどに勝った。

翌年は当時古馬の最高峰であったアスコットゴールドカップに勝ち、その翌年引退した。

引退後は種牡馬入りしたがわずか1年間の供用のみでアメリカに輸出された。この1年間の供用で非常に成功した繁殖牝馬であるポカホンタスを出した。ポカホンタスの子にはストックウェル、ラタプラン、キングトムの3頭の大種牡馬がおり現在への影響も強い。ポカホンタスのほかにも、アメリカでも残した牝駒がレキシントンとの交配で活躍馬を多数輩出し、チョーサーらと並びサラブレッド史上に残る名ブルードメアサイアーだったといえる。

一方直仔の活躍馬としてはプライヤーが挙げられる。そのほかにも活躍馬を輩出し、計8回のアメリカ種牡馬チャンピオンを獲得した。これはアメリカにおいてボールドルーラーと並ぶ歴代2位の記録である。メールラインもヴァンダルを通じて一時アメリカで大きく繁栄したが、20世紀にはいると勢力を失ってしまい、現在ではほぼ滅びている。

血統表

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