シベリア共和国

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シベリア共和国
Сибирская республика
ロシア・ソビエト社会主義共和国 1918年
1月29日 - 9月
ロシア国 (1918年-1920年)
シベリア共和国の国旗 シベリア共和国の国章
(国旗) (国章)
国の標語: Через автономную Сибирь к возрождению свободной России(ロシア語)
(自治シベリアを経て自由ロシアの復活へ)
国歌: Кантатный гимн Сибири(ロシア語)
シベリア共和国の位置
1918年10月時点のシベリア共和国
  実効支配地域
  領有主張地域もしくは従属政権
公用語 ロシア語
首都 オムスク
閣僚評議会議長
1918年1月29日 - 1918年7月
1918年6月30日 - 1918年11月3日
ピョートル・ジェールベルロシア語版(ウラジオストク政府)
ピョートル・ヴォロゴーツキーロシア語版(オムスク政府)
1918年7月 - 1918年9月イヴァン・ラヴローフロシア語版(ウラジオストク政府)
変遷
シベリア暫定自治政府(ВПАС) 1918年1月28日
シベリア暫定政府(ВСП)1918年6月30日
臨時全ロシア政府1918年9月

シベリア共和国(-きょうわこく、: Сибирская Республика, ロシア語ラテン翻字: Sibirskaya Respublika)は、ロシア内戦中の1918年ロシア・ソビエト共和国から独立した国家。民主国家であり、旧ロシア帝国領のウラルから東清鉄道ハルビン市を含む太平洋側までの地域の領有を宣言した。南にはアラシュ自治国が存在していた。

1917年12月、トムスクでシベリア議会の下院議員選挙が実施された。しかし、同年に発生した十月革命の影響を受け、ブルジョワ層は選挙から除外されたが、この決定は立憲民主党からの批判を受けた。このため、議会は社会革命党が躍進したが、多くの候補者が選挙をボイコットしたため議会は定員数不足となった[1][2]

1918年1月29日、選出された議員たちにより暫定シベリア政府が発足し、独立宣言がなされた。政府の構成員は社会革命党が中心となり、首班にはピョートル・ジェールベルロシア語版が就任した。ジェールベルたちは赤軍の進軍を受け極東に避難したが、赤軍は6月にチェコ軍団白軍の攻撃により中央シベリアで敗退した。

二重政府と消滅

参考文献

脚注

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