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シャリーフダンサー

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欧字表記 Shareef Dancer
性別 牡
シャリーフダンサー
ハムダーン・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームの勝負服
欧字表記 Shareef Dancer
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 鹿毛
生誕 1980年
死没 1999年5月4日(19歳没)
父 Northern Dancer
母 Sweet Alliance
母の父 Sir Ivor
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 エドワード・テイラー
馬主 シェイク・ハムダン
調教師 マイケル・スタウト(イギリス)
競走成績
生涯成績 5戦3勝
獲得賞金 246,463USドル
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シャリーフダンサー (Shareef Dancer) とはアメリカ合衆国で生産された競走馬および種牡馬である。

1歳時にケンタッキー州で行われたセリで330万ドル(約8億円)で落札されたものの、競走馬としては5戦で3勝したのみであった。しかし3歳時の1983年にはウォルター・スウィンバーンの騎乗によりキングエドワード7世ステークス (G2) でラシアンルーブルを2着に抑え、アイリッシュダービーではカーリアンを2着に抑えてそれぞれ優勝している。アイリッシュダービー優勝後は一度もレースに出走することなく当年限りで競走馬を引退した。

1984年よりイギリスで種牡馬入りした。当初は重賞馬を輩出するもののG1競走を制す産駒を出せていなかったが、1988年に誕生したポセッシヴダンサーが1991年にオークスイタリアーノとアイリッシュオークスを制したことにより評価が上昇し、以降も多くの活躍馬を輩出した。

1999年5月4日、ニューマーケットの厩舎で右後脚の骨折が原因で19歳で死亡した。

産駒は牝馬の活躍馬が多く、ブルードメアサイアーとしてもドバイミレニアムなどの活躍馬を輩出している。また後継種牡馬も数頭残しているが、勢いのあるノーザンダンサー系のなかでは目立ったサイアーではない。

日本においては競走馬としての産駒が数頭輸入されており、中央競馬で勝利を記録している。ほかにも1991年のジャパンカップにはロックホッパーが外国馬として出走し、単勝4番人気で7着となっている。

おもな産駒

おもなブルードメアサイアーとしての産駒は以下のとおり。

エピソード

血統表

外部リンク

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