ストーミングホーム
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ストーミングホーム | |
|---|---|
|
マクトゥーム・アール・マクトゥームの勝負服 | |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1998年2月14日 |
| 死没 | 不明(2020年用途変更) |
| 父 | Machiavellian |
| 母 | Try To Catch Me |
| 母の父 | Shareef Dancer |
| 生国 |
|
| 生産者 | Gainsborough Stud Management Ltd. |
| 馬主 | Maktoum bin Rashid Al Maktoum |
| 調教師 |
バリー・ヒルズ(イギリス) →ニール・ドライスデール(アメリカ) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 24戦8勝 |
ストーミングホーム (Storming Home) とは、イギリス生まれの競走馬、種牡馬。2002年ジャパンカップに出走し、日本でチークピーシズが普及するきっかけを作った。種牡馬として一時期日本でも活動した。
競走馬時代
2000年(2歳)、7月のデビュー戦は9着だったが、2戦目で初勝利を挙げた。重賞初挑戦となったソラリオステークス (G3) では2着となったが、タタソールステークス (G3) は9着だった。
2001年(3歳)、4月に2勝目を挙げ(ブルーリバンドトライアルステークス)、ダンテステークス (G2) 3着となって挑んだダービーステークスは、ガリレオ (Galileo) らに敗れ7着だった。続くキングエドワード7世ステークス (G2) を制し、重賞初勝利を挙げたが、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスでは、再びガリレオに敗れ4着だった。その後はグレートヴォルティジュールステークス (G2) で2着、ニエル賞 (G2) で7着となった。
2002年(4歳)、ジョッキークラブステークス (G2) で3着、コロネーションカップ (G1) で2着、ハードウィックステークス (G2) で2着と惜しいレースが続き、2年連続で出走したキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスでは6着だった。その後2戦して1勝し、チャンピオンステークス (G1) でムーンバラッドら相手にG1初勝利を挙げる。そして日本に初来日を果たし、中央競馬初出走となったジャパンカップでは15着という結果に終わった。
2003年(5歳)、アメリカのニール・ドライスデール (Neil D. Drysdale) 厩舎へ転厩し、移籍2戦目のチャールズウィッティンガムメモリアルハンデキャップ (G1) を制した。続くアーリントンミリオンは1着で入線したが、降着で4着だった。続くクレメント・L・ハーシュメモリアルターフカップステークス (G1) を制したが、ブリーダーズカップターフで7着となり、このレースを最後に競走馬を引退することになった。
種牡馬時代
2004年(6歳)、シャドウェルスタッドで種牡馬入り。初年度種付料は1万ポンド。海外時代の産駒は2頭がG1を勝っている。
2006年(8歳)、ナナリースタッドに繋養先が移動。
2007年(9歳)、初年度産駒デビュー。日本に輸入され、ダーレージャパンスタリオンコンプレックスで繋養される。翌年より日本で供用が開始され、初年度の種付料は250万円。
2011年(13歳)、日本での初年度産駒がデビュー。
2015年(17歳)、イーストスタッドに繋養先が移動。2014年末時点での産駒成績は、中央重賞勝ち馬はおらず、地方重賞勝ち馬を2頭出すにとどまった。
2017年(19歳)、この年の種付けシーズン終了後にクラックステーブルに移動[1]
2020年(22歳)、用途変更となる[2]。その後の行方は不明。
代表産駒
- 2006年産
- Jakkalberry(ミラノ大賞典、アンブロシアノ賞)
- Flying Cloud(リブルスデイルステークス、クレオパトル賞)
- 2007年産
- Lion Tamer(ヴィクトリアダービー、アンダーウッドステークス)
- Empire Storm(VGH保険大賞)
- 2009年産
- ミッドコサージュ(福山3歳牝馬特別)
- 2010年産
- 2014年産
- ストーミーワンダー(白銀争覇、飛山濃水杯、金沢スプリントカップ、くろゆり賞、姫山菊花賞)
- デザートストーム(ギャラクシーステークス)
エピソード
- 2002年のジャパンカップでは、当時日本に馴染みの薄かったチークピーシズを装着していたことで話題となり、日本におけるチークピーシズ普及の火付け役となった。
- 神経質な馬で、5歳時のアーリントンミリオンではレース中に観衆からの声援に驚いて大きく斜行し、騎手を振り落としてしまい1着入線しながら4着降着となった。
- 血統表を見ると判るように、父方の祖父であるミスタープロスペクターの2×3(37.50%)をはじめ、ネイティヴダンサーの4×5×5×5(15.63%)やナタルマの4×4(12.50%)など非常に強いインブリードを持つ。ストーミングホーム自身は頑健であり、2歳時から5歳までの競走生活で世界各地のレースを転戦しつつ、大きな故障をすることなく24戦に出走している。