ジェリー・ロイスター
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サンディエゴ・パドレス時代 (1985年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カリフォルニア州サクラメント |
| 生年月日 | 1952年10月18日(72歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 175 lb =約79.4 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手 |
| プロ入り | 1970年 |
| 初出場 | 1973年8月14日 |
| 最終出場 | 1988年9月28日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジェリー・ロイスター(Jeron Kennis Royster、 1952年10月18日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サクラメント出身の元プロ野球選手(内野手)、野球監督。

(1977年)
1970年にロサンゼルス・ドジャースと契約。1973年にメジャーデビュー。その後、アトランタ・ブレーブス、サンディエゴ・パドレス、シカゴ・ホワイトソックス、ニューヨーク・ヤンキースと渡り歩き、1988年にブレーブスで引退。ポジションはサードを中心に、セカンド・ショート・外野も守った。
引退後、モントリオール・エクスポズ傘下のマイナーリーグの守備・走塁コーチ、コロラド・ロッキーズの三塁コーチなどを務めた。2002年、ミルウォーキー・ブルワーズのデイビー・ロープス監督の下でベンチコーチを務めていたが、4月18日、開幕から3勝12敗の時点でロープスが解任されたため監督代行となった。4月30日に正式に監督となったが、53勝94敗に終わり解任された。シーズン56勝106敗はチーム史上最低の成績だった。
2003年からドジャースのマイナーリーグの内野コーディネーターを2年間、2005年からドジャース傘下AAA級ラスベガスの監督を2年間務めた。
2008年、ロッテ・ジャイアンツの監督に就任。韓国プロ野球初の外国人監督となった。同年は公式戦を69勝57敗の3位で終え、チームを9年ぶりにポストシーズンに導いた。2年目の2009年は公式戦を66勝67敗の4位で終え、チームを2年連続のポストシーズン進出に導いたが、前年と同じく準プレーオフで敗退した。
2009年10月、ロッテと契約期間1年で再契約し、2010年も指揮を執ることになった。公式戦4位で3年連続ポストシーズンに進出したものの、3年連続で準プレーオフで敗退し、2010年限りで退任となった。
2012年、ボストン・レッドソックスの三塁ベースコーチに就任した。