ジュピター (ゲーム会社)
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒612-8368 京都府京都市伏見区周防町331番地の16 北緯34度55分57.2秒 東経135度45分29.7秒 / 北緯34.932556度 東経135.758250度座標: 北緯34度55分57.2秒 東経135度45分29.7秒 / 北緯34.932556度 東経135.758250度 |
| 設立 | 1992年6月11日[注釈 1] |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 法人番号 | 6130001014682 |
| 事業内容 | ゲームソフト、任天堂ライセンス商品、マジッククラフトの企画、開発 |
| 代表者 |
代表取締役会長 中山誠 代表取締役社長 倉満昭博 |
| 資本金 | 6,000万円 |
| 外部リンク | https://www.jupiter.co.jp/ |
株式会社ジュピター(英: Jupiter Corporation)は、京都市伏見区に所在するゲームソフト開発会社。
インテリジェントシステムズ出身の中山誠により設立[2]。主に任天堂のゲーム機に向けたソフト開発を行なっており、過去にはポケットピカチュウやポケットサクラといった携帯用ゲーム機も手掛けている。また、任天堂公式ライセンス商品としてマスコットタッチペン、ハードカバーシリーズ等の携帯ゲーム機用の周辺機器や、マジッククラフトを製造・販売している。
創業者の中山誠はインテリジェントシステムズの創設メンバーであり、彼の実家である新生工業はファミリーコンピュータのシールドケースを製造していた[1]。
1990年代初頭は産業の空洞化が問題視されており、中山はコンピュータゲームであれば乗り越えられるかもしれないと考え、資金を出してジュピターを設立した[1]。これに伴い中山はインテリジェントシステムズを去ることになるが、同社から仲間を一人でも連れて行くと任天堂への義理を欠くことになるため、同社を去った者と組むことにした[1]。その時、『マリオペイント』のプログラマーである寺本憲明が同社を去ったことから、プログラマーとして採用した。さらに中山は同社の人事部長に、同社の最終選考で残った10人のうち落ちた5人を紹介するよう依頼した。
さらに社員の知り合いということで、のちにジュピターのCBOとなる目黒徳親が入社した[1]。このころジュピターは実績作りを模索していたところであり、お絵かきロジックをコンピュータゲーム化した「ピクロス」の第1作『マリオのピクロス』を世に送り出した[1]。
その後、中山はゲーム業界の面白さに気づく中、社内に文化がないことに気づき、「笑顔のある世界の創造 Let's Play! Let's Smile!」という企業理念を作り、性的だったり暴力的なゲームは作らないという方針を立てた[3]。任天堂のプラットフォームに対してよいものを出すことだけを考えていこうということになった[3]。とはいえ、ニンテンドーDSのころは、任天堂が100万本売れるソフトしか企画を通さない傾向にあったため、『ピクロスDS』以降はジュピター自身から展開されることになった[3]。
