ジョシュ・ブルックス

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現在のチーム FHO・レーシング・BMW
ゼッケン 25
ジョシュ・ブルックス
2014年
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1983-04-28) 1983年4月28日(42歳)
オーストラリアの旗 オーストラリア
ニューサウスウェールズ州シドニー
現在のチーム FHO・レーシング・BMW
ゼッケン 25
レースでの経歴
スーパーバイク世界選手権
活動期間2006年2007年, 2010年, 2012年, 2016年2017年
マニファクチャラーカワサキ, ホンダ, スズキ, BMW, ヤマハ
チャンピオン0
2017年 順位25位 (4 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
61 0 0 0 0 143
スーパースポーツ世界選手権
活動期間2004年, 2006年2008年
マニファクチャラーホンダ, ドゥカティ
チャンピオン0
2008年 順位3位 (162 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
22 2 7 0 1 228
ブリティッシュスーパーバイク選手権
活動期間2009年-2015年, 2017年
マニファクチャラーホンダ, スズキ, ヤマハ
チャンピオン2 (2015年,2020年)
2022年 順位14位 (161 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
339 55 151 53 48 7526
マン島TTレースでの経歴
出場回数5 (2013年–14年, 2017年–18年, 2023年–)
優勝回数1
初勝利Senior Classic TT 2017
最終勝利Senior Classic TT 2017
表彰台3

ジョシュア・ブルックス(Joshua Brookes, 1983年4月28日 - )は、オーストラリアのオートバイレーサー[1]

キャリア初期

2004年スーパースポーツ世界選手権第2戦(フィリップ・アイランド)でワイルドカード参戦し優勝[2]。2005年にオーストラリアに復帰し、スーパーバイクとスーパースポーツの両クラスでタイトルを獲得。

スーパースポーツ・スーパーバイク世界選手権

2006年ドゥカティ・SC - カラッキからスーパースポーツ世界選手権に参戦したが、第2戦(フィリップ・アイランド)で6位入賞したが、第3戦(バレンシア)を最後にチームから離脱し、カワサキ・ベルトッチからスーパーバイク世界選手権に復帰[3]。雨の中で開催された第9戦(アッセン)のレース1で4位入賞するが、レース2では転倒・リタイアに終わった。

2007年もチームに残留し[4]、7戦終了時点で9ポイントを獲得したが、チームオーナーのセルジオ・ベルトッチの法的措置により第8戦を欠場した。

その後、スティギー・モータースポーツ・ホンダからスーパースポーツ世界選手権第9戦(ブルノ)より復帰し[5]2008年も同チームから参戦[6]。第10戦(ドニントン・パーク)で優勝し、最終的にランキング3位で終えた。また、HMプラント・ホンダからブリティッシュスーパースポーツ選手権英語版にスポット参戦し、予選でポールポジションを獲得、決勝で3位に入った[7]

ブリティッシュスーパーバイク選手権

2009年、HMプラント・ホンダからブリティッシュスーパーバイク選手権に参戦するが[8]、ビザの問題で開幕戦を欠場し、第3戦(ドニントン・パーク)のサイティングラップでシルバン・ギュントーリに接触・足を骨折させたとして、1レース出場停止処分を受けた[9]。第4戦(スラクストン)のレース1で7位、レース2で3位に入り、第5戦(スネッタートン)で両レースとも3位表彰台に上った。

第7戦(マロリー・パーク英語版)で4位走行中にバイクのコントロールを失い、トップを走行していたサイモン・アンドリュース英語版とクラッシュした。クラッシュした際にマシンのエンジンケースが損傷し、オイルがコース上に漏れ、後続を走っていたライダーがクラッシュし、赤旗規定により、事故に関わったすべてのライダー及び故意にバイクを倒してさらなる大惨事を避けたライダーも結果から除外された[10][11]。ブルックスは後にテレビインタビューで自分のミスを謝罪した[12]。また、クラッシュした際に親指を骨折していた。BSBの役員は、事故後「一般的な安全基準を満たす運転をしていなかった」として2レース出場停止処分を科した[13]。第10戦(クロフト)で復帰し、スポット参戦していた清成龍一を抑え3位でフィニッシュした。

2010年も同チームに残留し[14]、ゼッケンを25番から4番に変更した。第2戦(スラクストン)で初優勝を飾ると[15]、第4戦・第9戦(キャドウェル・パーク英語版)で1勝[16]、第7戦(スネッタートン)で2勝を挙げた[17]

シルバーストン・サーキットで開催されたロードレース世界選手権のサポートレースであるブリティッシュスーパーストック選手権に参戦し、フィリップ・アイランドでは負傷したブロック・パークスの代役、シルバーストンではチームメイトの清成とともにスーパーバイク世界選手権にワイルドカード参戦した[18]

2011年、リレントレス・スズキ・バイ・TASチームに移籍。第2戦(オウルトン・パーク)で大クラッシュを喫するなど苦戦を強いられたが、中盤に成績が上向き、最終的にランキング5位で終えた。

2015年、ミルウォーキー英語版ヤマハから参戦し、最終戦(ブランズ・ハッチ)でシリーズタイトルを獲得。

2017年もヤマハを駆り、優勝3回・表彰台圏内10回・ポール3回・ファステストラップ2回・634ポイントを獲得しランキング2位。

マン島TTレース

スズキ・GSX-R1000を駆るブルックス(2013年TTスーパーバイクレースにて)

2012年11月28日、ブルックスが2013年のマン島TTレースに参戦することが発表された[19]タイコ英語版・スズキからスーパーバイク、スーパーストック、シニアクラスに出場。

2013年のスーパーバイクレースでは、時速127.726 mphのラップを記録し[注 1]、総合10位でフィニッシュした[20]。他の2クラスの結果は、スーパーストックが46位、シニアがDNFに終わった[21]

ザ・マウンテンを駆けるブルックス(2014年、キャドウェル・パーク英語版にて)

2014年には4つのクラスに出場し、7位(シニア)、10位(スーパーバイク)、67位(スーパースポーツ1)、DNF(スーパースポーツ2)だった[21]

レース戦績

脚注

外部リンク

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