ジョシュ・ブルックス
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| ジョシュ・ブルックス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2014年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 |
1983年4月28日(42歳) ニューサウスウェールズ州シドニー | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 現在のチーム | FHO・レーシング・BMW | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ゼッケン | 25 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ジョシュア・ブルックス(Joshua Brookes, 1983年4月28日 - )は、オーストラリアのオートバイレーサー[1]。
キャリア初期
2004年にスーパースポーツ世界選手権第2戦(フィリップ・アイランド)でワイルドカード参戦し優勝[2]。2005年にオーストラリアに復帰し、スーパーバイクとスーパースポーツの両クラスでタイトルを獲得。
スーパースポーツ・スーパーバイク世界選手権
2006年、ドゥカティ・SC - カラッキからスーパースポーツ世界選手権に参戦したが、第2戦(フィリップ・アイランド)で6位入賞したが、第3戦(バレンシア)を最後にチームから離脱し、カワサキ・ベルトッチからスーパーバイク世界選手権に復帰[3]。雨の中で開催された第9戦(アッセン)のレース1で4位入賞するが、レース2では転倒・リタイアに終わった。
2007年もチームに残留し[4]、7戦終了時点で9ポイントを獲得したが、チームオーナーのセルジオ・ベルトッチの法的措置により第8戦を欠場した。
その後、スティギー・モータースポーツ・ホンダからスーパースポーツ世界選手権第9戦(ブルノ)より復帰し[5]、2008年も同チームから参戦[6]。第10戦(ドニントン・パーク)で優勝し、最終的にランキング3位で終えた。また、HMプラント・ホンダからブリティッシュスーパースポーツ選手権にスポット参戦し、予選でポールポジションを獲得、決勝で3位に入った[7]。
ブリティッシュスーパーバイク選手権
2009年、HMプラント・ホンダからブリティッシュスーパーバイク選手権に参戦するが[8]、ビザの問題で開幕戦を欠場し、第3戦(ドニントン・パーク)のサイティングラップでシルバン・ギュントーリに接触・足を骨折させたとして、1レース出場停止処分を受けた[9]。第4戦(スラクストン)のレース1で7位、レース2で3位に入り、第5戦(スネッタートン)で両レースとも3位表彰台に上った。
第7戦(マロリー・パーク)で4位走行中にバイクのコントロールを失い、トップを走行していたサイモン・アンドリュースとクラッシュした。クラッシュした際にマシンのエンジンケースが損傷し、オイルがコース上に漏れ、後続を走っていたライダーがクラッシュし、赤旗規定により、事故に関わったすべてのライダー及び故意にバイクを倒してさらなる大惨事を避けたライダーも結果から除外された[10][11]。ブルックスは後にテレビインタビューで自分のミスを謝罪した[12]。また、クラッシュした際に親指を骨折していた。BSBの役員は、事故後「一般的な安全基準を満たす運転をしていなかった」として2レース出場停止処分を科した[13]。第10戦(クロフト)で復帰し、スポット参戦していた清成龍一を抑え3位でフィニッシュした。
2010年も同チームに残留し[14]、ゼッケンを25番から4番に変更した。第2戦(スラクストン)で初優勝を飾ると[15]、第4戦・第9戦(キャドウェル・パーク)で1勝[16]、第7戦(スネッタートン)で2勝を挙げた[17]。
シルバーストン・サーキットで開催されたロードレース世界選手権のサポートレースであるブリティッシュスーパーストック選手権に参戦し、フィリップ・アイランドでは負傷したブロック・パークスの代役、シルバーストンではチームメイトの清成とともにスーパーバイク世界選手権にワイルドカード参戦した[18]。
2011年、リレントレス・スズキ・バイ・TASチームに移籍。第2戦(オウルトン・パーク)で大クラッシュを喫するなど苦戦を強いられたが、中盤に成績が上向き、最終的にランキング5位で終えた。
2015年、ミルウォーキー・ヤマハから参戦し、最終戦(ブランズ・ハッチ)でシリーズタイトルを獲得。
2017年もヤマハを駆り、優勝3回・表彰台圏内10回・ポール3回・ファステストラップ2回・634ポイントを獲得しランキング2位。
マン島TTレース

2012年11月28日、ブルックスが2013年のマン島TTレースに参戦することが発表された[19]。タイコ・スズキからスーパーバイク、スーパーストック、シニアクラスに出場。
2013年のスーパーバイクレースでは、時速127.726 mphのラップを記録し[注 1]、総合10位でフィニッシュした[20]。他の2クラスの結果は、スーパーストックが46位、シニアがDNFに終わった[21]。
2014年には4つのクラスに出場し、7位(シニア)、10位(スーパーバイク)、67位(スーパースポーツ1)、DNF(スーパースポーツ2)だった[21]。