スキピオの自制 (バトーニ)
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| ロシア語: Воздержанность Сципиона Африканского 英語: The Continence of Scipio | |
| 作者 | ポンペオ・バトーニ |
|---|---|
| 製作年 | 1771年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 226.5 cm × 297.5 cm (89.2 in × 117.1 in) |
| 所蔵 | エルミタージュ美術館、サンクトペテルブルグ |
『スキピオの自制』(スキピオのじせい、露: Воздержанность Сципиона Африканского、英: The Continence of Scipio)は、18世紀イタリアの画家ポンペオ・バトーニが1771年にキャンバス上に油彩で制作した歴史画である。1768年にイワン・イワノヴィチ・シュヴァーノフがロシア皇帝エカチェリーナ2世のために約1,700スクーディで画家に委嘱した[1]。エカチェリーナ2世は、この絵画の対作品『ケンタウロスのケイローンからアキレウスを連れ去るテティス』も委嘱している 。両作品は1926年にガッチナ宮殿から移されて以来[2]、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されている[2][3]。
ローマに拠点を置いていたバトーニは古代芸術に造詣が深く、ルネサンスとバロック期の古典主義を受け継いだ画家である。グランドツアー中の富裕なイギリス人を描くことに専心し、国際的名声を獲得したバトーニには旅行者からの肖像画の注文が殺到した[4]。しかし、彼は、宗教的主題、古代の歴史的主題の作品も描いている[2]。

本作は、バトーニが画業の後期において新古典主義様式に転換していることを示している[5]。主題は、第二次ポエニ戦争中のカルタゴ・ノヴァの戦いから採られている。描かれているのは、共和制ローマ時代の将軍スキピオ・アフリカヌス (紀元前235年ごろー183年) がローマ側の人質であったカルタゴ側の貴族の女性のために身代金を受領することを拒み、婚約者に彼女を返す場面である[2]。スキピオはカルタゴで最も美しいといわれた彼女を自身の妾にすることもできたが、そうしなかった。このスキピオの寛容を表す物語は、ティトゥス・リウィウスの著作『ローマ建国史』の第16巻 (50章) に記述されている。この主題は、ルネサンス以降の芸術家たちにとって人気のあるものであった[2]。
本作と対作品『ケンタウロスのケイローンからアキレウスを連れ去るテティス』には色彩面において類似性が見られ、人物たちの明るい色の服が灰色がかった茶色の建物を背景にして際立っている。真紅の外套を纏ったスキピオは、人質の女性を跪く彼女の恋人に返している。彼女の白いドレスは彼女の貞節の象徴である。前景にある様々な壺は見事に描かれているが、若い時に宝石商人であったバトーニは様々な事物で優美な静物を描くことを好んだ[2]。