スキーキャプテン

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欧字表記 Ski Captain[1]
性別 [1]
スキーキャプテン
欧字表記 Ski Captain[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 芦毛[1]
生誕 1992年4月24日[1][2]
死没 不明
Storm Bird[1][2]
Ski Goggle[1][2]
母の父 ロイヤルスキー[1][2]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国(ケンタッキー州)[1][2]
生産者 フォンテンブローファーム[1][2]
馬主 (有)社台レースホース[1]
調教師 森秀行栗東[1]
競走成績
生涯成績 6戦3勝[1]
獲得賞金 8462万4000円[1]
勝ち鞍
GIIIきさらぎ賞1995年
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スキーキャプテン(欧字名: Ski Captain1992年4月24日 - 不明)は、日本競走馬、日本およびニュージーランド種牡馬[1]。主な勝ち鞍に1995年きさらぎ賞

日本調教馬として初めてケンタッキーダービーに出走したことでも知られる。半姉に、フランス調教馬で、ムーラン・ド・ロンシャン賞京王杯スプリングカップなどを優勝したスキーパラダイスがいる。

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[3]、EQIBASE[2]

1994年10月9日、阪神競馬場の新馬戦でデビューして1着。続くオープン特別の京都3歳ステークスでもナリタキングオーを抑えて勝ち、2連勝を記録する。2戦2勝で朝日杯3歳ステークスに向かい、レースではフジキセキにクビ差迫る2着に終わる[4]

このあと陣営はアメリカの三冠レースへの挑戦[5]を発表し、そのステップレースとしてきさらぎ賞に出走してテイエムロケット以下に勝ち上がる。しかし、を痛めて直接ケンタッキーダービーに臨まざるを得なくなり、そのケンタッキーダービーもフルゲートの20頭を超えて除外される可能性があったため、除外されない状況を見極めたうえで渡米した[6]。レースはフルゲートに1頭満たない19頭で行われ、道中はかろうじて追走するのが精いっぱいで、サンダーガルチから9馬身4分の3差離された14着に終わる[6]。結果がともあれ先鞭をつけた形となったが、日本馬が次にケンタッキーダービーに出走するのはこれより21年後、2016年ラニまで間隔が開くことになる[6][7]。帰国後は復帰に手間取り、翌1996年アメリカジョッキークラブカップで復帰しカネツクロスの8着。これが最後の競馬となった。

競走成績

以下の内容は、JBISサーチ[3]およびnetkeiba.com[8]、EQIBASE[2]に基づく。

年月日競馬場競走名頭数枠番馬番オッズ
(人気)
着順騎手斤量
[kg]
距離(馬場)タイム
(上り3F)
タイム差/着差勝ち馬/(2着馬)
1994.10.9 阪神 3歳新馬 13 8 12 1.3 (1人) 1着 武豊 53 芝1600m(良) 1.37.9 (36.3) -0.1 (サンデーシチー)
11.13 京都 京都3歳S OP 7 1 1 2.6 (2人) 1着 武豊 54 芝1800m(良) 1.48.2 (34.5) -0.1 ナリタキングオー
12.11 中山 朝日杯3歳S GI 10 3 3 4.3 (2人) 2着 武豊 54 芝1600m(良) 1.34.8 (34.7) 0.1 フジキセキ
1995.2.5 京都 きさらぎ賞 GIII 9 3 3 1.0 (1人) 1着 武豊 56 芝1800m(良) 1.47.6 (34.7) -0.3 (テイエムロケット)
5.6 チャーチルダウンズ ケンタッキーダービー G1 19 17 15F 14着 武豊 57 ダ10f(良) (9馬身3/4) Thunder Gulch
1996.1.21 東京 アメリカジョッキークラブC GII 9 1 1 4.9 (2人) 8着 武豊 56 芝2200m(良) 2.16.3 (34.4) 1.3 カネツクロス
  • PP:枠番、Pgm:馬番

引退後

引退後は種牡馬となり、6年間の供用で血統登録頭数194頭、出走頭数はそのうちの153頭を数えた[9]2001年8月11日付けでサマーサスピションと共にニュージーランドへ輸出されている[10]が、その後の動向は不明である。

主な産駒

  • イチコウキャプテン(青雲賞[11]
  • ピアストーム(中津ダービー)[12]
  • レオボストン(青雲賞)[13]
  • ユミコトヨーコ(フロイラインカップ)[14]

血統表

脚注

外部リンク

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