ラジャババ
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オグデン・フィップスの息子であるマイケルが生産し、所有していたラジャババはリーディングサイアーに8度なったボールドルーラーを父に持ち、母父に1948年のイギリス2000ギニーステークス優勝馬のマイバブーを持っていた。
競走馬時代
3歳時にはフランシススコットキーステークスに勝利した翌週にはデラウェアバレーステークスを勝利。
4歳時には自身の父の名前を冠したボールドルーラーパースを勝利した以外にもフェニックスステークスやJRAステークス、ギャリソンステークスに2位入着を果たしている。
種牡馬時代
競走馬としての引退直前の1972年にラジャババはウィリアム・ファリシュに売られ、更にそこから生産者のワーナー・ジョーンズに転売された。ケンタッキー州のゴーシェン近くにあるジョーンズの牧場に繋養される事になったラジャババは一株1万ドルで36株のシンジケートが結成された。産駒が活躍し始めた1976年にはリーディングジュベナイルサイアーになり、4年後の1980年には北米リーディングサイアーとなった。
ラジャババの産駒には62頭のステークス勝者と2頭の年度代表馬がいる。1985年には産駒であるSummer Moodがソヴリン賞の最優秀短距離馬を受賞し、1987年にはサカウイスタがBCディスタフを勝利した後、その年のエクリプス賞の最優秀3歳牝馬賞を受賞した。サカウイスタはその後、チリとオーストラリアでリーディングサイアーとなるHussonetの母となる。
上記以外にも1988年のBCジュベナイル優勝馬のIs It Trueや、日本に輸出されアグネスフローラなどを生み出したロイヤルスキーもいる。
1987年の種付けシーズン終了後に引退し、功労馬となる。2002年にエルミタージュ牧場にて衰弱状態となっていたため安楽死となり、同地内にある墓所に葬られた[1]。