ストロマイル・スウィフト
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2005年のスウィフト | |
| 引退 | |
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| 愛称 | Strow |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1979年11月21日(46歳) |
| 出身地 |
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| 身長(現役時) | 208cm (6 ft 10 in) |
| 体重(現役時) | 100kg (220 lb) |
| キャリア情報 | |
| 高校 | フェア・パーク・ミドルスクール |
| 大学 | ルイジアナ州立大学 |
| NBAドラフト | 2000年 / 1巡目 / 全体2位 |
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バンクーバー・グリズリーズから指名 | |
| プロ選手期間 | 2000–2010 |
| ポジション | PF / C |
| 背番号歴 | 4, 6 |
| 経歴 | |
| 2000–2005 | バンクーバー / メンフィス・グリズリーズ |
| 2005–2006 | ヒューストン・ロケッツ |
| 2006–2008 | メンフィス・グリズリーズ |
| 2008–2009 | ニュージャージー・ネッツ |
| 2009 | フェニックス・サンズ |
| 2009–2010 | |
| 受賞歴 | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
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Stats NBA.com | |
ストロマイル・エマニュエル・スウィフト(Stromile Emanuel Swift, 1979年11月21日-)は、アメリカ合衆国・ルイジアナ州シュリーブポート出身の元プロバスケットボール選手。NBAのメンフィス・グリズリーズなどに所属していた。身長208cm。体重100kg。ポジションはパワーフォワードまたはセンター。
大学時代
ルイジアナ州立大学でプレー。運動能力の高さを武器にチームを引っ張り、2年生時にはNCAAのスウィート16にまで進出した。
NBA
2000年のNBAドラフトにて1巡目2位でバンクーバー・グリズリーズから指名された。ルーキーイヤーは1試合平均4.9得点、3.6リバウンドという平凡な数字に終わる。
2年目の01-02シーズンにはキャリア最高となる平均11.8得点、6.3リバウンド、1.7ブロックを記録。成長を見せたが、その後3年間は2001年新人王のパウ・ガソルの活躍、ヘッドコーチとの口論などで活躍の場を失う。
2004-05シーズン終了後にヒューストン・ロケッツと4年総額2,200万ドルの契約を結んだ[1]。
2006年のNBAドラフト当日にシェーン・バティエとのトレードで、ルディ・ゲイのドラフト交渉権と共に古巣であるメンフィス・グリズリーズへ移籍した[2]。
新コーチとも衝突したスウィフトは再び移籍。2007-08シーズン途中にジェイソン・コリンズ、金銭とのトレードでニュージャージー・ネッツに放出。しかし、ネッツでも出番はほとんど与えられず、2008-09シーズン中盤に解雇され、その後フェニックス・サンズと契約した。シーズン終了後はNBAのチームと契約することが出来ず、2009-10シーズンを中国でプレーした後は、引退状態になった。
プレースタイル
運動能力の高さは折り紙つき。キャリア通算で平均20分の出場時間にもかかわらず、平均ブロックを1.2本決めているところからショットブロッカーとしてのセンスもうかがえた。しかし、技術面での向上があまり見られず、才能を生かせていないという意見も多々聞かれ、当時のチームメイトジェイソン・ウィリアムスや地元メンフィスのファンからは『スローマイル (Slow Mile}』と揶揄されていた。また、弱小時代のグリズリーズに所属していたこともあってプレイオフは7試合しか出場していない。