ルディ・ゲイ

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ポジション SF/PF
生年月日 (1986-08-17) 1986年8月17日(39歳)
ルディ・ゲイ
Rudy Gay
サクラメント・キングスでのゲイ (2013年)
フリーエージェント
ポジション SF/PF
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1986-08-17) 1986年8月17日(39歳)
出身地 メリーランド州ボルティモア
身長 203cm (6 ft 8 in)
体重 104kg (229 lb)
ウィングスパン 221cm  (7 ft 3 in)[1]
キャリア情報
出身 コネチカット大学
NBAドラフト 2006年 / 1巡目 / 全体8位
経歴
2006-2013メンフィス・グリズリーズ
2013トロント・ラプターズ
2013-2017サクラメント・キングス
2017-2021サンアントニオ・スパーズ
2021-2023ユタ・ジャズ
受賞歴
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
Stats ウィキデータを編集 NBA.com
代表歴
キャップ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2010
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
世界選手権
2010 トルコバスケットボール
2014 スペイン

ルディ・カールトン・ゲイ・ジュニアRudy Carlton Gay, Jr., 1986年8月17日 - )はアメリカ合衆国メリーランド州ボルティモア出身のバスケットボール選手。ポジションはスモールフォワード。身長203cm、体重104kg。

学生時代

高校時代にマクドナルドやパレード誌のオールアメリカンチームに選出された[2][3]ゲイは、コネチカット大学に進学[4]。恵まれた身体能力を活かしたプレイで1年目から先発に定着し、ジョージタウン大学ジェフ・グリーンとともにビッグイーストカンファレンスの新人王に選ばれた。2005年夏にはアメリカ代表としてU-21世界選手権に出場。2005-06シーズンには15.2得点のアベレージを残し、AP通信選出のオールアメリカンセカンドチームなどに選ばれた。3年生には進級せず、2006年のNBAドラフトにアーリーエントリーした。 [5]

カレッジ成績

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2004–05 コネチカット大学 312628.8.462.467.7085.41.5.81.911.8
2005–06 コネチカット大学 333330.8.461.318.7326.42.11.81.615.2
Career 645929.8.461.378.7215.91.81.31.713.6

NBA

メンフィス・グリズリーズ

ドラフトにてヒューストン・ロケッツから1巡目8位指名を受けてNBA入りを果たすも、直後にシェーン・バティエとの交換でストロマイル・スウィフトとともにメンフィス・グリズリーズにトレードされた[6]。好選手バティエを出してまでトレードしたことは、グリズリーズのゲイに対する期待の高さの表れであった。ルーキーイヤーとなった06-07シーズンは78試合に出場し、10.8得点4.5リバウンドのアベレージを残し、オールルーキーファーストチームに選出された。

その後、シーズン平均20点前後のアベレージの記録し、2010年夏に5年9000万ドルの大型契約を結んだ。 2010-11シーズンは左肩の怪我でシーズン終盤を欠場。しかしチームはゲイを失いながらもウェスタンカンファレンス8位で2006年以来のプレーオフ進出を果たし、1回戦で第一シードのサンアントニオ・スパーズを下し、続くオクラホマシティ・サンダーを相手にも激戦を繰り広げた。翌2011-12シーズンプレーオフは、ゲイにとって初のプレーオフとなったが、1回戦でロサンゼルス・クリッパーズに屈した。

トロント・ラプターズ

2012-13シーズンは不振に陥り、前年度よりアベレージを3点近く落とし、13年1月にデトロイト・ピストンズトロント・ラプターズが絡んだ三角トレードでラプターズに放出された[7]

サクラメント・キングス

2013–14シーズン

2013年12月9日、クインシー・エイシーアーロン・グレイと共に、グレイビス・バスケスジョン・サーモンズチャック・ヘイズパトリック・パターソンとの交換でサクラメント・キングスに放出された[8]。2014年1月22日、ニューオーリンズ・ペリカンズ戦で、キャリアハイに並ぶ41得点を記録した[9][10]。2013年中に3チームをたらい回しにされた背景には、ゲイ自身のリーダーシップの欠如などが指摘されている。

2014–15シーズン

2014年6月22日、1930万ドルの2014-15シーズン、プレーヤーオプション契約を履行した[11]。2014年10月31日,ポートランド・トレイルブレイザーズ戦で40得点を記録し、103–94での勝利に貢献した。2014年11月19日、キングスと3年3000万ドルで契約を延長した[12][13]。3月30日のメンフィス・グリズリーズ戦で嘗てのチームメイトのマルク・ガソルと衝突した後の脳震盪から来る頭痛により、シーズン最終9試合の内8試合を欠場した。シーズンとしては68試合に出場し平均21.1得点、5.9リバウンド、3.7アシストを記録し、好成績シーズンの一つとなった[14]

2015–16シーズン

2015年11月25日、ミルウォーキー・バックス戦でシーズンハイとなる 36得点を記録した[15]。2015年12月15日のヒューストン・ロケッツ戦で、17得点、13リバウンド、、3アシスト、1ブロックに加え、キャリアハイとなる6スティールを記録した[16]。 2017年1月18日、ゴールデン1センターで行なわれたインディアナ・ペイサーズ戦の第3クォーターに左足を負傷し、1月19日、MRI検査の結果、左アキレス腱完全断裂の重傷を負ったことが発表された[17]。 この時点で30試合(全試合先発)に出場し、平均18.7得点、6.3リバウンド、2.8アシスト、0.9ブロックを記録していた[18]

サンアントニオ・スパーズ

2017年7月6日、サンアントニオ・スパーズと2年1720万ドルで契約した[19][20]。 2017年12月28日、右の損傷により, 2週間あまりの欠場となった[21]。スパーズでの1シーズン目は57試合に出場し、平均11.5得点、5.1リバウンドの記録を残した。プレーオフでは、レナードの完全離脱によって、5試合中4試合でスターターとして出場し、出場時間もレギュラーシーズンから大幅に増え平均32分出場で、12.2得点、5.6リバウンド、プレーオフ自己最多の2.2アシストを記録した。オフシーズンに、2018-2019シーズン契約のプレーヤーオプションを破棄しフリーエージェントとなったが、スパーズと1年1000万ドルで再契約した[22]

ユタ・ジャズ

2021年8月6日、ユタ・ジャズと契約した[23]

オクラホマシティ・サンダー

2023年7月7日、2026年ドラフト2巡目指名権と共に、ジョン・コリンズと交換でアトランタ・ホークスにトレードされた[24]。7月12日、パティ・ミルズ と交換で、タイタイ・ワシントンウスマン・ガルバ、 2026年ドラフト2巡目指名権と共に、オクラホマシティ・サンダーにトレードされた[25]。7月20日、解雇された[26]

NBA個人成績

脚注

外部リンク

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