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ソウシジュ

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ソウシジュ(相思樹、学名:Acacia confusa、英語: small Philippine acacia)は、アカシア属の常緑樹である。別名としてタイワンヤナギ、タイワンアカシアとも呼ばれる。

概要 ソウシジュ, 保全状況評価 ...
ソウシジュ
ソウシジュの花
保全状況評価
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類(APG IV)
界 : 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
目 : マメ目 Fabales
科 : マメ科 Fabaceae
属 : アカシア属 Acacia
種 : ソウシジュ A. confusa
学名
Acacia confusa
Marr.
和名
ソウシジュ
英名
small Philippine acacia

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分布・生育地

台湾、および、フィリピンを原産地とする[1][2]。日本においては、緑肥として利用する目的で[2]、1904年(明治37年)に台湾から導入された[1]。繁殖力が強く[2]、野生化が進んでいる[3]。現在では小笠原諸島や沖縄諸島でみられるようになっており[2]、日本国内への定着が進行している[4]。沖縄島では野山に自生する個体がみられ[3]、西表島では沖縄県道の沿線などでみられる[2]。

特徴

ソウシジュの樹冠
ソウシジュの偽葉と実

樹冠は散開形をとる[1][5]。葉は葉片が退化しており、細長い偽葉があるだけで葉身は全く発達しない[6]。偽葉の長さは6センチメートルから11センチメートル程度[1]、幅は5ミリメートルから8ミリメートル程度である[1]。花は球形の頭花であり[1]、鮮やかな黄色である[1][2]。花からは甘い香りが漂う[2]。日本では4月から5月にかけて咲く[1]。実は扁平状を呈し[1]、やがて暗褐色となる[1]。日本では7月から8月に熟す[1]。種子は楕円形を呈し、黒紫色である[1]。

生育に際しては、石灰岩質の母材を好む[5]。また、サビキン目によるさび病が発生しやすい[5]。さび病を防除するには、感染した偽葉の焼却やボルドー液の散布といった手法が採られる[5]。

ソウシジュの学名は、アメリカ合衆国の植物学者であるエルマー・ドリュー・メリルによって命名された。和名としては「ソウシジュ」が一般的だが、別名として「タイワンヤナギ」や「タイワンアカシア」とも呼ばれる[2]。ひろく生育している沖縄県においては、琉球方言で「ソーシギ」や「ソーシジ」とも呼ばれる[5]。英語では一般的に「small Philippine acacia」と呼ばれる。

利用

かなり硬く、加工するのは困難である[1]。建築材などとして利用され[1]、薪炭材としても優れていた[1][5]。枝葉は緑肥として活用される[1][2]。防風林として利用されたり[1][5]、街路樹などとして植えられることも多い[1]。

幻覚作用のあるジメチルトリプタミン (DMT) が含まれており、乾燥したソウシジュの破片を、煮出して茶にする説明書を同梱して販売していた者が、麻薬取締法違反のほう助の容疑で逮捕され裁判が行われた[7]。同物質は、日本の麻薬及び向精神薬取締法(麻薬取締法)の麻薬だが、ソウシジュは麻薬に指定されていない[7]。

文化

台湾においては、街路樹や観賞用として至る所で植栽されており[8] 、人々に広く親しまれている。台湾の俳人の間でも南国的な趣のある樹木として好まれており[8]、1904年(明治37年)に台湾で史上初めて創刊された俳誌は『相思樹』と命名された[9]。誌名を発案したのは、台湾総督府法院に検察官として赴任していた渡辺香墨である[8]。渡辺は創刊時より『相思樹』の主筆を務めていた[8]。この『相思樹』は、のちに台湾俳壇の礎となった[9]。

故事

ソウシジュの枝

4世紀に干宝が著した『捜神記』には、「相思樹」の故事が収録されている。

それによれば、戦国時代の宋において[10]、舎人の韓憑は美しい何氏を妻として娶ったが[10]、君主である康王が横恋慕し[11]、何氏を奪ってしまった[11]。康王を恨んだ韓憑は自ら命を絶ち[12]、それを知った何氏も失意のあまり身を投げてしまった[12]。何氏の遺書には韓憑とともに葬ってほしいと記されていたが[12]、康王はそれを許さず[12]、韓憑と何氏は離れ離れに埋葬された[12]。ところが、二人の墓からそれぞれ梓の樹が生え[13]、やがて互いの枝が入り混じるように生い茂った[13]。さらに、一対の鴛鴦が樹上に棲みつき[13]、悲しそうに啼くようになった[13]。人々は韓憑と何氏を憐れんで[14]、この樹を「相思樹」と名付けたという[14]。この故事は、のちに「相思相愛」や「鴛鴦の契り」の典拠になった。

なお、この故事は、韓憑説話として多くの説話集に採録されているが、それに伴ってさまざまなバリエーションが派生している。「相思樹」と名付けた樹について、干宝の『捜神記』では「梓」と表記しているが[13]、『列異伝』では「文梓」とされており[13]、『韓朋賦』では「桂樹と梧桐樹」とされている[13]。日本においては、韓憑説話の影響を受けたと思われる説話が『曽我物語』に採録されているが[15]、こちらには「相思樹」は登場しない[13]。

市区町村の木

鹿児島県肝属郡佐多町は、ソウシジュを「町の木」として制定していた。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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