ソーウィン (副上級大将)
ミャンマー連邦共和国軍の副総司令官兼総司令官
From Wikipedia, the free encyclopedia
ソーウィン(そーうぃん、ビルマ語: စိုးဝင်း、英語: Soe Win、1960年 - )は、ミャンマー軍(国軍)所属の軍人で、政治家である。
2026年2月の時点で軍階は副上級大将。
2011年から国軍ナンバー2である国軍副司令官の地位にあり、2021年ミャンマークーデター後も、国家行政評議会(SAC)副議長、副首相、国家安全保障・平和委員会(SSPC)副議長などの要職を歴任している[1]。
2026年3月30日、国軍副司令官の任を解かれ、同年4月10日、連邦顧問評議会(UCC)議長に就任した。
経歴
1960年マンダレーで生まれ[2]。国軍士官学校(DSA)第22期生[3]。
1981年から2001年にかけて、砲兵大隊、歩兵大隊および軽歩兵大隊、大隊司令部などでさまざまな職務に就き、小隊長、中隊長、参謀(G3・G2)、副大隊長、大隊長などを歴任。特にラカイン州ミンビャに拠点を置く軽歩兵大隊379(LIB-379)の大隊長を務めた。2001年には、国軍総司令官(陸軍)の下にある国防サービス監察総監室において、参謀(G1)に就任した[2]。
2003年にはザガイン地方域モンユワに拠点を置く北西軍管区において戦術作戦司令官(TOC)を務め、2005年には准将として第10軍事作戦司令部(MOC-10)の戦司令官に任命された。2006年には国防(陸軍)戦闘部隊学校(DSCFS)の校長に就任し、2008年には少将としてカチン州ミッチーナーに拠点を置く北部軍管区司令官に任命され、2011年まで同職を務めた。その後、国防軍副総司令官への昇進の数か月前には、中将としてネピドーを管轄する特別作戦局第6局(BSO-6)の司令官に任命された[2][3][4]。
2011年3月30日、国家平和発展評議会(SPDC)の将軍たちが一斉に退任した際、、副上級大将マウンエイの後任として、国軍副司令官兼陸軍総司令官に昇進した。地域軍管区(RMC)司令官を一度しか経験していないのに副司令官に任命されるのは異例だったが、タンシュエがトゥラ・シュエマンの側近を避け、実務派を好んだのが理由とされている[2]。
2021年ミャンマークーデター後も、SAC副議長、副首相、SSPC副議長などの要職を歴任。また、陸海空軍および各種支援部隊による統合作戦を調整するために設置された統合作戦司令部(Joint Operation Command:JOC)のうち、戦略JOCの司令官も務めている。2026年2月現在、ミャンマー空軍による空爆の最終決定権を有している[5][6][7]。
経済制裁
人柄
寡黙で厳格な人物であり、軍事能力に優れた強硬派として知られている。また、軍歴を通じて利益相反などの不祥事とは無縁で、清廉な人物という評価を得ている[2]。
家族
妻のタンタンヌウェとの間に3人の子供がいるとされる[13]。