ゾラニ・テテ

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本名 ゾラニ・テテ
通称 Last Born(天性最後の逸材)
身長 175cm
ゾラニ・テテ
基本情報
本名 ゾラニ・テテ
通称 Last Born(天性最後の逸材)
階級 バンタム級
身長 175cm
リーチ 182cm
国籍 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
誕生日 (1988-03-08) 1988年3月8日(37歳)
出身地 東ケープ州ムダントセーン
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 34
勝ち 29
KO勝ち 22
敗け 4
引き分け 0
無効試合 1
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ゾラニ・テテZolani Tete1988年3月8日 - )は、南アフリカ共和国プロボクサー東ケープ州ムダントセーン出身。元IBF世界スーパーフライ級王者。元WBO世界バンタム級王者。世界2階級制覇王者

2006年5月29日、イースト・ロンドンのオリエント・シアターでデビュー戦を行い、初回1分39秒TKO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。

2007年9月23日、ビッキー・タフミルWBF世界フライ級王座決定戦を行い、タフミルの4回終了時棄権により王座獲得に成功した。この試合はWBF世界フライ級ランカーではない者同士による王座決定戦だった。

2008年3月30日、オリエント・シアターでオラニ・ンテセとWBF世界フライ級タイトルマッチを行い、12回3-0(120-110、119-109、120-108)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2008年6月29日、フランシス・ミイェユショとWBF世界フライ級タイトルマッチを行い、初回2分24秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2009年11月20日、アンソニー・マシスとWBOアフリカフライ級王座決定戦を行い、初回2分38秒KO勝ちを収め王座獲得に成功した。

2010年2月26日、ウェンブリー・インドア・アリーナで元PABAフライ級王者リチャード・ガルシアとIBF世界フライ級挑戦者決定戦を行い、12回3-0(2者が118-110、118-108)の判定勝ちを収め王者のモルティ・ムザラネへの挑戦権を獲得した。

2010年9月1日、IBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネとIBF世界同級タイトルマッチを行うも、プロ初黒星となる5回2分27秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した。

その後テテはスーパーフライ級に転向し、2011年11月26日にシナロア州マサトランのプラザ・デ・トロスで元IBF世界スーパーフライ級王者ファン・アルベルト・ロサスとIBF世界同級挑戦者決定戦を行うも、12回0-2(2者が112-115、113-113)の判定負けを喫し王者のロドリゴ・ゲレロへの挑戦権を獲得できなかった。

2012年9月1日、コルドバ州コルドバのポリデポルティーボ・カルロス・セルッティでロベルト・ソーサとIBF世界スーパーフライ級挑戦者決定戦を行うも、12回1-2(115-114、2者が114-115)の判定負けを喫し王者のファン・カルロス・サンチェス・ジュニアへの挑戦権を獲得できず、連敗となった。

2013年11月30日、バハ・カリフォルニア州メヒカリのアウディトリオ・デル・エスタードで元IBF世界スーパーフライ級王者のファン・カルロス・サンチェス・ジュニアとIBF世界同級挑戦者決定戦を行い、5回と10回にダウンを奪うも6回にダウンを奪われるダウンの応酬となり、5回にサンチェス・ジュニアがマウスピースを口から吐き出したため減点され、テテも8回と9回にホールディングで減点される反則続きのラフファイトになったが、10回2分43秒KO勝ちを収め王者の亀田大毅への挑戦権を獲得した[1]

2014年7月18日、神戸ポートピアホテルでIBF世界スーパーフライ級王者亀田大毅の王座返上に伴いIBF世界同級6位の帝里木下とIBF世界同級王座決定戦を行い、12回3-0(118-110×2、119-109)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[2]

2014年10月25日、リヴァプールエコー・アリーナ・リヴァプールポール・バトラーとIBF世界スーパーフライ級タイトルマッチを行う予定だったが、練習中にテテが左拳を骨折し、試合が延期された[3]

2015年3月6日、リヴァプールのエコー・アリーナ・リヴァプールでポール・バトラーとIBF世界スーパーフライ級タイトルマッチを行い、8回に左アッパーでダウンを奪いバトラーはなんとか立ち上がるもレフェリーが試合を止め、8回1分34秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した[4]

2015年6月2日、IBFからIBF世界スーパーフライ級1位のマックジョー・アローヨとの指名試合が指令されていたが、テテが指令を拒否したためIBF世界スーパーフライ級王座を返上した[5][6][7]

2015年12月、イギリスのプロモーターのフランク・ウォーレン率いるクィーンズ・ベリー・プロモーションズと契約を交わした[8]

2017年4月22日、レスターのレスター・アリーナでアーサー・ビラヌエバWBO世界バンタム級暫定王座決定戦を行い、12回3-0(119-108×2、120-107)の判定勝ちを収め2階級制覇を達成した[9][10]。同日、WBOは最新ランキングを発表し、正規王者のマーロン・タパレスが翌23日に予定されていた大森将平戦の前日計量で体重超過があり王座を剥奪されたことに伴いテテをWBO世界バンタム級正規王者としてランクインした[11][12][13]

2017年11月18日、ベルファストSSEアリーナでWBO世界バンタム級3位のシボニソ・ゴニャとWBO世界同級タイトルマッチを行い、1994年9月3日にダニエル・ヒメネスがハラルド・ゲイアー戦で初回17秒KO勝ちを収めた世界戦最短KO記録を23年ぶりに更新する初回11秒KO勝ちを収め、初防衛に成功した[14][15][16]

2018年2月10日にオマール・ナルバエスとWBO世界バンタム級タイトルマッチを行う予定であったが、同年1月にテテが練習中にふくらはぎを負傷したため試合は延期になった[17]

2018年4月21日、ベルファストのSSEアリーナで元世界2階級制覇王者でWBO世界バンタム級1位のオマール・ナルバエスとWBO世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(120-108×3)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[18][19]

2018年10月13日、エカテリンブルクのエカテリンブルク・エクスポで行われたWBO世界バンタム級10位のミーシャ・アロイヤン英語版World Boxing Super Series同級一回戦およびWBO世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(114-111×2、115-110)の判定勝ちを収め、3度目の防衛に成功しWBSSの準決勝に進出した[20]

2019年4月27日のWBSS準決勝ならびにWBO世界バンタム級タイトルマッチでノニト・ドネアと対戦予定であったが、直前の4月24日にテテが肩の故障により欠場することが発表された[21]

2019年11月30日、バーミンガムバークレイカード・アリーナ暫定王者ジョンリル・カシメロと団体内王座統一戦を行うも、3回2分14秒TKO負けを喫しカシメロの暫定王座を吸収できず団体内王座統一と4度目の防衛に失敗、王座から陥落した[22][23]

2022年7月2日、ウェンブリーでIBFインターナショナル・コモンウェルスイギリス連邦スーパーバンタム級王者のジェイソン・カニンガムとIBFインターナショナル・コモンウェルスイギリス連邦同級タイトルマッチおよびWBOインターナショナル同級王座決定戦を行い、4回KO勝ちを収め王座獲得に成功した。しかし、試合から4ヶ月後の同年11月21日に地元南アフリカの新聞『The Daily Dispatch』においてテテが7月のカニンガム戦後に行ったドーピング検査で禁止薬物スタノゾロールの陽性反応が検出されたという記事が掲載され、この後のBサンプルの検査でも陽性反応が検出されれば試合を管轄した英国ボクシング管理委員会により出場停止処分となる可能性があると報じた[24]。同月28日に南アフリカ・ボクシング・コミッションがテテに出場停止処分を下した[25]。その1年1カ月後の2023年8月19日、同じく『The Daily Dispatch』においてテテがBサンプルでもスタノゾロールの陽性反応が検出されたため、2週間前に英国アンチ・ドーピング機構(UKAD)から4年間の出場停止処分が下されたことを報じた[26][27][28]。それに伴い、カニンガム戦についても無効試合に変更となり、同試合で獲得した3団体王座も剥奪、IBFインターナショナル・コモンウェルス王座はカニンガムに差し戻されたためカニンガムは事実上の防衛成功となった。

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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