チャド・ゲーブル
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来歴
レスリング時代
学生時代、レスリンググレコローマンスタイル84kg級で活動。セントマイケル・アルバートビル高校在籍時、2004年にミネソタ州王者になる[3]。2005年7月5日、リトアニア・ヴィリニュスにて行われた世界選手権に出場[4]。北ミシガン大学進学後、USオリンピック教育センターが運営するミネソタストームレスリングクラブで活動[5]。2006年6月15日、モンゴル・ウランバートルにて行われた世界大学選手権に出場。2位に入賞する[6]。8月29日、グアテマラ・グアテマラシティにて行われた世界選手権に出場[7]。
2008年2月29日、コロラド州コロラドスプリングスにて行われたパンアメリカン選手権に出場。2位に入賞[8]。
2009年2月5日、コロラド州コロラドスプリングスにて行われたデーブ・シュルツ記念国際大会に出場。2位に入賞[9]。9月25日、デンマーク・ヘアニングにて行われた世界選手権に出場[10]。
2010年2月3日、コロラド州コロラドスプリングスにて行われたデーブ・シュルツ記念国際大会に出場。3位に入賞[11]。10月22日、アリゾナ州テンピにて行われたサンキスト・キッズ国際大会に出場。2位に入賞[12]。11月6日、ニューヨーク州ニューヨークにて行われたニューヨーク・アスレティッククラブ国際大会に出場。2位に入賞[13]。
2011年1月14日、ロシア・チュメニにて行われたイバン・ポデュブニー国際大会に出場。3位に入賞[14]。2月24日、ブルガリア・ブルガスにて行われたダン・コロフ & ニコラ・ペトロフ国際大会に出場。3位に入賞[15]。8月5日、ルーマニア・トゥルゴヴィシュテにて行われたイオン・コルネアヌ国際大会に出場。3位に入賞[16]。11月11日、ニューヨーク州ニューヨークにて行われたニューヨーク・アスレティッククラブ国際大会に出場。3位に入賞[17]。
2012年2月2日、コロラド州コロラドスプリングスにて行われたデーブ・シュルツ記念国際大会に出場。優勝を飾る[18]。同月12日、キューバ・ハバナにて行われたグランマカップに出場。3位に入賞[19]。同月24日、コロラド州コロラドスプリングスにて行われたパンアメリカン選手権に出場。優勝を飾る[20]。
3月23日、フロリダ州キシミーにて行われたロンドンオリンピック選考会に出場。準優勝を果たし、ロンドンオリンピックへの出場を決める[21][22]。8月5日、ロンドンオリンピック本戦では9位という結果に終わった[23]。
WWE
NXT
2013年
2013年11月、アメリカのメジャープロレス団体であるWWEと契約を交わし入団[24]。トレーニング施設であるWWEパフォーマンスセンターでプロレスの基礎を学ぶ。
2014年
2014年9月5日、傘下団体であるNXTのNXT Liveにてチャド・ゲーブルのリングネームでプロレスラーデビューを果たす。トロイ・マクレインと対戦。プロレスラーとしてのキャリア初勝利を飾った[25]。11月8日、レスリング経験のあるソーヤー・フルトン & アンジェロ・ドーキンスと組んで三者統一したレスリングシングレットを着用して出場。ヒューゴ・ノックス & イライアス・サムソン & スティーブ・カトラーと対戦。勝利した[26]。同月、フルトン、ドーキンスとシュート・ネイション(The Shoot Nation)なるレスリング出身者によるユニットを結成[27]。リーダー格となり同月21日、ジェイソン・ジョーダン、タッカー・ナイトを加えて規模を拡大[28][29]。
2015年
2015年1月8日、NXTにて初登場。タイラー・ブリーズと対戦。最後にビューティーショットを決められ敗戦した[30]。5月14日、シュート・ネイションは解散となる[31]。同月28日、ジェイソン・ジョーダンがバックステージにてインタビューでパートナー探しをしていると答えているところに登場。自分はオリンピアンである事をアピールするが相手にされなかった[32]。パートナーを変えるごとに敗戦を続けるジョーダンに対して繰り返しアピールを続けると遂にジョーダンは折れ、タッグを組む事になる。7月15日、イライアス・サムソン & スティーブ・カトラーと対戦。合体技で勝利した事で実力を認めさせる事になった[33]。
2016年
2016年1月、ジョーダンとのタッグネームをアメリカン・アルファ(American Alpha)と名付ける。同月27日、ブレイク・アレクサ・マーフィー・ファクター(ブレイク & マーフィー)と対戦。左脚を徹底的に狙われた攻撃を受け、長時間捕まってしまうがジョーダンとタッチを成立するとジョーダンがスープレックス技を連発して流れを変え、最後にマーフィーにグランド・アンプリテュードを決めて勝利[34]。4月1日、NXT Takeover DallasにてNXTタッグチーム王座を保持するザ・リバイバル(ダッシュ・ワイルダー & スコット・ドーソン)に挑戦。終盤にドーソンと丸め合いとなるが息を吹き返してリングに戻ったジョーダンが隙を突いてタッチに成功するとスピアーからグランド・アンプリテュードを決めて勝利。ベルトを奪取した[35]。6月8日、NXT Takeover The Endにてザ・リバイバルとリベンジマッチを行う。序盤より流れを掴むと中盤にはジョーダンと共に両者にアンクルロックを決めるが、レフェリーの隙を突いて脱出される。そして自身が捕獲されると甚振られるがジョーダンにタッチして再び流れを取り戻そうとしたところ、最後にジョーダンがシャッター・マシーンを決められ敗戦。試合後にはオーサーズ・オブ・ペイン(ギジム・セルマーニ & サニー・ディンサ)により襲撃を受けた[36]。
WWE
2016年
2016年7月19日、WWE・SmackDown Liveにてドラフトが行われ、5巡目でアメリカン・アルファとしてSmackDown Liveに指名された[37]。8月2日、WWEデビュー戦でボードビレインズ(エイデン・イングリッシュ & サイモン・ゴッチ)と対戦。最後にジョーダンがイングリッシュにスピアーを決めるとグランド・アンプリテュードへと繋げて勝利した[38]。12月27日、SmackDown Liveにてフェイタル4wayイリミネーションマッチ形式によるWWEスマックダウン・タッグ王座戦に出場。中盤にウーソズのジェイ・ウーソとのフォール合戦を制すると王者チームであるワイアット・ファミリー(ランディ・オートン & ルーク・ハーパー)と決着戦を行う。終盤にジョーダンがロープ際でオートンよりパントキックからRKOを喰らい窮地に陥るがポストに登りオートンを誘導するとオートンが場外よりアシストしようとしたハーパーを叩き落としたのをきっかけに形成逆転。最後にグランド・アンプリテュードを決めて勝利。ベルトを奪取した[39]。
2017年
2017年7月17日、ジョーダンがRAWにてカート・アングルの息子というギミックになった事により移籍が発表され、アメリカン・アルファは自然的に解消という形になる[40]。8月22日、SmackDown Liveにてバックステージでダニエル・ブライアンとのセグメントにおいて、突然ジョーダンを失った事により困っていた事を伝えると、ブライアンからこの事態の収拾として新たなパートナーにカート・アングルの友人であるシェルトン・ベンジャミンを呼び入れる。このサプライズに自身は喜び、ベンジャミンとのタッグを結成する事になった[41]。同月29日、ベンジャミンと組んでジ・アセンション(コナー & ビクター)と対戦。中盤に捕まり苦戦するが、ベンジャミンとタッチが成立すると流れが変わり、最後はベンジャミンがビクターにペイ・ダートを決めて勝利した[42]。
2018年
2018年4月23日、SmackDown LiveからRAWに移籍した事により、ベンジャミンとのタッグを解消。ジンダー・マハルと対戦。序盤より攻め続けられ劣勢になり、終盤にカラスを仕掛けられようとしたところにコーナーへと走り、ターンバックルを蹴った反動でフォールを奪い勝利した[43]。12月10日、RAWにてボビー・ルードと組んでWWEロウ・タッグチーム王座を保持するAOP(アカム & レーザー & ドレイク・マーベリック)にハンディキャップ・マッチで挑戦。終盤にレーザーとアカムの合体技を喰らい、窮地に陥る。レーザーとタッチしたマーベリックにルードがフォールされたところを切り返して丸め込むと、3カウントを奪い勝利。ベルトを奪取した[44]。
2019年
2019年4月15日、RAWからSmackDown Liveに移籍。10月6日のヘル・イン・ア・セルで、アナウンサーが(対戦相手のバロン・コービンの要望により、彼の身長をからかう意味で)ゲーブルを「ショーティ・ゲーブル」と紹介。それを受けて、しばらくの間リングネームがショーティ・ゲーブル(後にショーティ・Gに短縮)となった。
2020年
2020年2月10日、オーティスとアルファ・アカデミー(Alpha Academy)を結成。
2021年
2021年2月19日のスマックダウンでレイ・ミステリオに暴行し、ヒールユニットに転向[45][46]。同年10月のドラフト会議にてRAWに移籍[47]。
2022年
2022年1月10日のRAWでRK-Bro(ランディ・オートン & マット・リドル)を破り、WWEロウ・タッグチーム王座を獲得[48]。 同年3月7日のRawでRK-Broに敗れ、王座陥落した[49] 。3月15日、アルファ・アカデミーに女子メンバーのマキシン・デュプリが加入[50][51] 。ユニットはベビーフェイスに転向し、レスリングの実力を持ちつつも、陽気でお茶目なユニットとして活躍した。
2023年
2024年
2024年のレッスルマニアXLではサミ・ゼインを鍛える鬼コーチとして、彼のインターコンチネンタル王座獲得をサポート。その礼として、同年4月15日のRAWにてゼインはゲーブルに王座挑戦権を与えたが、ゲーブルは王座獲得に失敗。試合後、ゲーブルがゼインを襲撃し、ヒールに転向した[53]。その後も、ゲーブルは負けるとアカデミーのメンバーに八つ当たりをするパワハラコーチに変貌し、オーティスらをいじめていた。最終的にゲーブルは他のメンバーに見捨てられる形になり、2024年6月17日にユニットから追放された[54]。その後もゲーブルはユニット復帰を求めるが失敗。さらに、ワイアット・ファミリーのリメイクユニット、ワイアット・シックスの襲撃を受けその影におびえるようになった。そのボディーガード役として雇ったクリード・ブラザーズ、アイビー・ナイルらレスリングエリートと、新ユニットのアメリカン・メイド(American Made)を結成した。
エル・グランデ・アメリカーノ
2025年
2025年1月13日にWWEデビュー直後のペンタに敗れたことをきっかけとして、ゲーブルがルチャリブレの真髄を探求するストーリーを開始し[55][56]、3月3日にルチャリブレを習得。翌10日RAWのLWO対ニュー・デイの試合中、謎のマスクマンが登場。試合を見たゲーブルによると「エル・グランデ・アメリカーノ」というかつてメキシコの英雄だったレスラーだという。初登場でハリケーン・ラナ、フライングクロスチョップを披露し、一方では高角度ジャーマンスープレックスを見舞うなど器用な所を見せ、デビューからわずか4戦でレッスルマニア41に出場した。彼の紹介PVには生成AIを使い「アメリカ湾出身」を名乗ったことから国際問題となった。また、メキシコやルチャリブレを貶めるパフォーマンスで、メキシコのファンの反感を買った。ゲーブルとアメリカーノは別人である設定だが、アメリカーノのマスクに「AMERICAN MADE」と記されていたり、ゲーブルがよく行った両手を挙げてピースサインをするアピールをしたりなど、二人が同一人物であることを仄めかす要素があった。5月7日のSpeedでドラゴン・リーを破り、自身初のシングル王座であるWWEスピード王座を獲得[57]。6月に肩を負傷し長期欠場すると見られたが、7月からは別の人物がエル・グランデ・アメリカーノとなり試合を行っていた。なお、スピード王座は「2代目」のアメリカーノがそのまま保持する形となり、同年11月まで防衛した。
2026年
2026年1月31日、ロイヤルランブルにて初代アメリカーノが負傷から復帰。以降は初代が「”オリジナル”エル・グランデ・アメリカーノ」と名乗り、2代目アメリカーノと「真のアメリカーノ」をめぐって抗争を繰り広げた。5月30日、メキシコ・モンテレイで行われたAAAの大会「Noche de los Grandes」で、2代目アメリカーノとの抗争を決着すべくマスカラ・コントラ・マスカラで対決。反則行為ありの激闘の末に敗れた。試合後、オリジナルは2代目を「真のアメリカーノ」と認め、潔くマスクを脱ぎ、正体がゲーブルであったことを明かした[58]。
WWE(2026年-)
2026年
2026年6月5日のSmackDownより、チャド・ゲーブルとしての活動を再開(所属はRAW)。以降の放送でペンタやレイ・ミステリオなど、WWEで活躍するルチャドールに過去の非礼を詫び、彼らに謝罪を受け入れられ和解した[59][60]。一方で、アルファ・アカデミーへの謝罪は、メンバーのマキシン・デュプリに拒絶され失敗に終わった[61]。8月2日、故郷のミネアポリスで開催されたサマースラムの第2夜でペンタに勝利し、WWEインターコンチネンタル王座を初獲得した[62]。
得意技
フィニッシュ・ホールド
その他得意技
合体技
- ネックブリーカー・パワーボム
- シェルトン・ベンジャミンとの合体技。ベンジャミンがパワーボムの体制で相手を抱え、自身がトップコーナーからダイビング・ブロックバスターを決める技
- スカイハイ・ブルドッギング・ヘッドロック
- ジェイソン・ジョーダンとの合体技。ジョーダンが相手に肩車の要領で抱え、自身がトップロープからダイビング・ブルドッギング・ヘッドロックを決める。
- グランド・アンプリテュード
- ジェイソン・ジョーダンとの合体技。ジョーダンがベリー・トゥー・ベリーの体勢で相手を宙へ投げると自身がジャンプして側面から相手を抱えてバックドロップを決める。
獲得タイトル

- WWE
- WWEインターコンチネンタル王座:1回
- WWEロウ・タッグチーム王座 : 2回
- WWEスマックダウン・タッグ王座 : 1回
- w / ジェイソン・ジョーダン
- WWEスピード王座 : 1回
- エル・グランデ・アメリカーノ名義
- NXTタッグチーム王座 : 1回
- w / ジェイソン・ジョーダン
入場曲
- Elite
- Set It Off
- My Way
- For The Academy - アルファ・アカデミー時代。
- American Made - アメリカン・メイド時代。
- El Grande - エル・グランデ・アメリカーノ時代。ジョン・フィリップ・スーザ作曲の『星条旗よ永遠なれ』をラテン調にアレンジしたもの。
- Highway To The Sky - 現在使用中。
レスリングの表彰
- 84kg級
- 2008年 - パンアメリカン選手権 : 2位
- 2009年 - デーブ・シュルツ記念国際大会 : 2位
- 2010年 - デーブ・シュルツ記念国際大会 : 3位
- 2010年 - サンキスト・キッズ国際大会 : 2位
- 2010年 - ニューヨーク・アスレティッククラブ国際大会 : 2位
- 2011年 - イバン・ポデュブニー国際大会 : 3位
- 2011年 - ダン・コロフ & ニコラ・ペトロフ国際大会 : 3位
- 2011年 - イオン・コルネアヌ国際大会 : 3位
- 2011年 - ニューヨーク・アスレティッククラブ国際大会 : 3位
- 2012年 - デーブ・シュルツ記念国際大会 : 優勝
- 2012年 - グランマカップ : 3位
- 2012年 - パンアメリカン選手権 : 優勝
- 2012年 - ルボミール・イワノビッチ国際大会 : 2位