ディビッドソン純マーカス

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本名 ディビッドソン 純 マーカス
愛称 マーカス[1]
ラテン文字 DAVIDSON Jun Marques
ディビッドソン 純 マーカス
名前
本名 ディビッドソン 純 マーカス
愛称 マーカス[1]
ラテン文字 DAVIDSON Jun Marques
基本情報
国籍 日本の旗 日本
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1983-06-07) 1983年6月7日(42歳)
出身地 東京都江東区深川[2]
身長 186cm
体重 75kg
選手情報
ポジション MF (DH[1][3])
利き足 右足[1]
ユース
1996-1998 日本の旗 東京ガスJY
1998-1999 イングランドの旗 タシス・イングランド
1999-2001 アメリカ合衆国の旗 AGSS
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2006 日本の旗 大宮アルディージャ 74 (1)
2007-2009 日本の旗 アルビレックス新潟 8 (0)
2007 日本の旗 ヴィッセル神戸 10 (0)
2008 日本の旗 コンサドーレ札幌 17 (0)
2010 アメリカ合衆国の旗 カロライナ・レイルホークス 20 (1)
2011 日本の旗 徳島ヴォルティス 24 (0)
2012-2013 カナダの旗 バンクーバー・ホワイトキャップス 50 (0)
2014 アメリカ合衆国の旗 カロライナ・レイルホークス 25 (0)
2015 タイ王国の旗 サイアム・ネイビーFC 32 (1)
2016-2017 アメリカ合衆国の旗 シャーロット・インディペンデンス 54 (2)
通算 314 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ディビッドソン 純 マーカス(ディビッドソン じゅん マーカス、英語: DAVIDSON Jun Marques, 1983年6月7日 - )は、東京都出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダーディフェンシブハーフ[1][3]

父親がアメリカ人[4]、母親が日本人[2]。小学3年生時にサッカーを始め[5]東京ガス(後のFC東京)の下部組織に加入。柴田峡らの指導により力を付けた[5]。同期には尾亦弘友希らがいる。高校生時には父の故郷であるアメリカのサッカースクールに渡り、多国籍の環境下でプレーすることで精神的にも鍛えられた[5]。同スクールの監督がJリーグ大宮アルディージャ監督のピム・ファーベークと知己だったことから[5]大宮での練習に参加する機会を得て、2002年8月より正式加入[6]。加入当初は出場機会に恵まれなかったが、2004年より監督に就いた三浦俊也によってレギュラーに抜擢された[2]

2007年アルビレックス新潟へ完全移籍[7][8]。しかしレギュラー定着は叶わず、ヴィッセル神戸[9][10]コンサドーレ札幌[11][12][13]、新潟復帰[14] と移籍を繰り返した。札幌では再び三浦の下でプレー[2]

2010年マーティン・レニー (Martin Rennie) が率いるUSSFカロライナ・レイルホークス英語版へ移籍[15]

2011年、Jリーグへの復帰を選び、J2・徳島ヴォルティスに練習生として参加[4]。2月末になって正式加入が発表された[16]J1昇格圏内入りには僅かに届かず、1年限りで退団。

日本国内のクラブからも誘いを受けていたが、レニーに請われ[17][3]2012年よりMLSバンクーバー・ホワイトキャップスへ移籍[18]。ジョック・マクドナルド[注 1] 賞を獲得した[19]

2014年、カロライナ・レイルホークスへ復帰[20]。主将を務めた[21]

2015年タイサイアム・ネイビーFCへ移籍[22]

2016年シャーロット・インディペンデンスへ移籍[19]。リーダーシップとゲームコントロールを評価され[23] レギュラーを確保。2017年をもって現役を引退。

引退後、2018年に大宮のアカデミーコーチ、2019年に広州富力のアカデミーコーチ、2020年に石家荘永昌のアシスタントコーチをそれぞれ歴任[24]

2021年2月より鹿児島ユナイテッドFC U-15のコーチに就任した[25][26]

エピソード

  • 敬虔なクリスチャン[2]
  • アメリカと日本の二重国籍を持っている。アメリカU-19代表候補となったが日本代表を目指すために辞退した。
  • 苗字のDAVIDSONは、本来なら「デイビッドソン」と表記するところだが、出生届を受理した役所が誤って「ディビッドソン」と登録したため、そのような苗字になったという。
  • 英語を話せるようになったのは渡米した高校生の頃[4]。父のジェリー・ディビッドソンは、かつてNHKラジオの英会話入門で講師をしていた[2]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002大宮34J200-0000
20032670-0070
2004171-11182
20056J13008040420
20062000000200
2007新潟40000-00
神戸20100-10110
2008札幌291702010200
2009新潟4802000100
アメリカ リーグ戦 リーグ杯USオープン杯 期間通算
2010 (en) カロライナ18USSF20130-231
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011徳島27J2240-10250
カナダ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2012 (en) バンクーバー27MLS240-20260
2013 (en) 260-20280
アメリカ リーグ戦 リーグ杯USオープン杯 期間通算
2014 (en) カロライナ27NASL250-41291
タイ リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2015ネイビー3TPL321321
アメリカ リーグ戦 リーグ杯USオープン杯 期間通算
2016 (en) シャーロット6USL302-10312
2017 (en) -
通算日本J1 850120601030
日本J2 481-21502
カナダMLS 500-40540
アメリカNASL 250-41291
アメリカUSSF 20130-231
アメリカUSL 302-10312
タイTPL 321321
総通算 29051501723227

指導歴

脚注

関連項目

外部リンク

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