デュアンテ・ヒース

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生年月日 (1985-08-28) 1985年8月28日(39歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
240 lb =約108.9 kg
デュアンテ・ヒース
Deunte Heath
広島東洋カープ時代
(2015年5月5日、神戸第二サブ球場で撮影)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州アトランタ
生年月日 (1985-08-28) 1985年8月28日(39歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト19巡目(全体580位)
初出場 MLB / 2012年9月1日
NPB / 2014年8月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

デュアンテ・レイモン・ヒース(Deunte Raymon Heath, 1985年8月28日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

愛称は「D[1]、「ビッグD[2]

プロ入り前

2003年MLBドラフト27巡目(全体799位)でニューヨーク・メッツから指名されたが、レイクカウンティ・コミュニティカレッジ英語版へ進学した。

2004年MLBドラフト25巡目(全体735位)でタンパベイ・デビルレイズから指名されたが、契約には至らなかった。

2005年MLBドラフト23巡目(全体703位)でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムから指名されたが、テネシー大学編入した。

プロ入りとブレーブス傘下時代

2006年MLBドラフト19巡目(全体580位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、8月9日に契約。

2007年、A級ローム・ブレーブス英語版でプロデビュー。A級ロームでは16試合に登板し、7月にA+級マートルビーチ・ペリカンズへ昇格。A+級マートルビーチでは11試合に登板して2勝4敗・防御率5.82・47奪三振の成績を残した。

2008年はA+級マートルビーチとAA級ミシシッピ・ブレーブスでプレー。AA級ミシシッピでは13試合に登板して4勝5敗、防御率5.56・46奪三振の成績を残した。

2009年はAA級ミシシッピとAAA級グウィネット・ブレーブスでプレー。AAA級グウィネットでは7試合に登板して0勝1敗、防御率9.64・18奪三振の成績を残した。

2010年4月8日に放出された。

ホワイトソックス時代

2010年4月22日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ。移籍後はAA級バーミングハム・バロンズでプレーし、39試合に登板して2勝4敗2セーブ・防御率3.12・84奪三振の成績を残した。

2011年はAAA級シャーロット・ナイツでプレーし、30試合に登板して4勝7敗1セーブ・防御率4.73・117奪三振の成績を残した。オフの11月18日にホワイトソックスとメジャー契約を結び、40人枠入りした[3]

2012年3月4日にホワイトソックスと1年契約に合意[4]。3月19日にAAA級シャーロットへ異動し[5]、そのまま開幕を迎えた。7月4日にジェシー・クレイン故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格した[6] が、登板のないまま8日にAAA級シャーロットへ降格[7]。ロースターが拡大した9月1日に再昇格し[8]、同日のデトロイト・タイガース戦でメジャーデビュー。5点ビハインドの8回裏1死から登板し、0回2/3を無安打無失点に抑えた[9]。この年は3試合に登板して防御率4.50・1奪三振の成績を残した。

2013年2月22日にホワイトソックスと1年契約に合意[10]。3月19日にAAA級シャーロットへ異動し[11]、そのまま開幕を迎えた。4月12日にメジャーへ昇格[12]。4月13日のクリーブランド・インディアンス戦に登板したが、1.2回を投げ1安打1失点2四球と結果を残せず、17日にAAA級シャーロットへ降格した[13]。4月28日にガビン・フロイドが故障者リスト入りしたため、メジャーへ再昇格[14]。3試合に登板したが、計3回で6安打6失点6四球と良い所が見せられず、5月18日にAAA級シャーロットへ降格した[15]。6月6日にジェイク・ピービーが故障者リスト入りしたため、メジャーへ再昇格し[16]、19日のミネソタ・ツインズ戦に登板したが、2回2安打3失点の乱調で、翌20日に再びAAA級シャーロットへ降格[17]。その後メジャーへ昇格することはなく、この年は5試合に登板して0勝0敗・防御率11.74・3奪三振の成績を残した。

2014年2月7日に40人枠を外れる形でAAA級シャーロットへ配属された[18]。この年はAAA級シャーロットで22試合(先発8試合)に登板して5勝1敗・防御率3.22・73奪三振の成績を残した。7月17日に放出された。

広島時代

2014年7月24日に広島東洋カープとの契約が合意に達したと発表された[19]。8月30日にNPBでの初勝利を挙げた。シーズン途中加入ながら7試合に先発して3勝0敗・防御率2.38・35奪三振と好成績を残した。

2015年は抑えに転向した。3月27日の東京ヤクルトスワローズとの開幕戦でNPB初ホールドを記録した。3月29日の対ヤクルト戦でNPB初セーブを挙げた。4月2日の横浜DeNAベイスターズ3回戦で12回に登板し、梶谷隆幸にサヨナラ安打を打たれ、NPB初敗戦投手となった。3、4月は11回1/3を投げ防御率1.59を記録するも、WHIPは2.12と走者を許す投球が目立ち、5月1日に登録抹消され、再調整となった。6月4日に再登録されてからは、抑えではなくビハインド時や大量リード時での起用が中心となったが、6月から8月にかけて30回を投げ防御率1.80、WHIP0.80、奪三振率11.70、K/BBは5.57を記録した。しかし、9、10月には再び走者を許す場面が目立ち、8回1/3を投げ防御率5.40、WHIP1.68と数字を落とした。結果的にシーズン43登板で、4セーブ10ホールドとシーズン前に期待された抑えとしての役割は果たせなかった。

広島退団後

2016年2月から3月にかけ、KBOリーグハンファ・イーグルスの入団テストを受けるも不合格。4月15日にメキシカンリーグラグナ・カウボーイズと契約。5月17日にトレードで、プエブラ・パロッツへ移籍した。

2017年1月2日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ。スプリングトレーニング中の3月28日に自由契約となった。同日中に前年在籍していたパロッツと契約した[20]

富山時代

2018年3月9日にルートインBCリーグ富山GRNサンダーバーズと契約した[21]。7試合に登板し1勝4セーブ、防御率0.00の成績を残した。

西武時代

2018年5月10日に埼玉西武ライオンズとの契約が発表され[22]、5月15日に公示された[23]。5月20日のオリックス戦で中継ぎとして登板。中継ぎを中心に活躍するが、チームの投手事情により抑えに転向。8月3日の日本ハム戦でNPBでは3年ぶりのセーブをあげた。その後、抑えに定着をし13セーブをあげチームのリーグ優勝に貢献した。

2019年は一軍で開幕を迎えたが、初登板の試合で1アウトも取れないまま逆転サヨナラ負けを許した後、肩の痛みを訴えて登録抹消。その間に増田達至に抑えの座を奪還されてしまった。以降はセットアッパーに回るものの、首周辺を痛めたこともあり[24]、不安定なピッチングを繰り返し、一軍と二軍を往復する。最終的には34試合の登板で防御率3.73を残したものの、11月にウェーバー公示され、自由契約となった[25]

富山復帰

2020年3月9日にBCリーグの富山への加入が発表された。同球団への復帰は2年ぶり[26]。NPB復帰を目的とした入団である[24]。同年は7試合に登板し、1敗1セーブ、防御率1.42の成績を残していたが、7月25日に出場選手登録が抹消された。NPB球団復帰を推測する報道も出たものの[27]、実際は故障によるものだった[28]

2021年も引き続き富山と契約し、開幕前の2月に背番号を変更した[29]

2022年より富山の所属リーグは日本海オセアンリーグ(NOL)となったが、開幕前の3月17日に退団(自由契約)が発表され[30]、日本海オセアンリーグでの公式戦には出場しなかった。

メキシカンリーグ時代

2022年5月12日にメキシカンリーグのモンクローバ・スティーラーズと契約した[20]

2023年11月14日、CPBLに所属する台鋼ホークスに、アジア・ウィンター・リーグに参加する選手として入団することが発表された[31]

投球スタイル・人物

最速154km/h[32]フォーシームツーシームスライダーカーブチェンジアップSFFフォークボールが持ち球[33]

本人はスライダーに自信を持っており[33]、人差し指を折りたたんだナックルカーブの握りでカーブとスライダーを投げ分けている[34]。フォークは回転をしないいわゆる「無回転フォーク」を投げている。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 CWS 300000000----72.011100100114.501.00
2013 500000000----417.2821210310101011.742.61
2014 広島 7700030001.00017141.22932000352211112.381.18
2015 43000036410.33320549.24331910592114132.361.25
2018 西武 42000041139.80015839.2284803532011112.500.91
2019 3400002327.40013531.12621402342015133.731.28
MLB:2年 800000000----489.2931310410111110.242.28
NPB:4年 126700012101926.545669162.11261261151818351482.661.15
  • 2023年度シーズン終了時

独立リーグでの投手成績





















































W
H
I
P
2018 富山 70000104-1.000329.0302-01401100.000.56
2020 700000110.000276.1303-2800211.420.95
2021 15200010101.0007016.011112-02410663.381.44
通算:3年 292000212-.66712931.117117-24611982.301.09
  • 2023年度シーズン終了時

記録

MLB

初記録

NPB

初記録
投手記録
  • 初登板・初先発:2014年8月24日、対阪神タイガース19回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、6回2安打1失点7奪三振で勝敗つかず
  • 初奪三振:同上、2回表に岩貞祐太から空振り三振
  • 初勝利・初先発勝利:2014年8月30日、対中日ドラゴンズ19回戦(ナゴヤドーム)、6回1/3を3安打無失点
  • 初ホールド:2015年3月27日、対東京ヤクルトスワローズ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初セーブ:2015年3月29日、対東京ヤクルトスワローズ3回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
打撃記録

背番号

  • 60(2012年)
  • 54(2013年)
  • 70(2014年 - 2015年)
  • 26(2016年 - 同年途中)
  • 29(2016年途中 - 2017年)
  • 43(2018年 - 同年5月14日、2020年)
  • 68(2018年5月15日 - 2019年)
  • 83(2021年 - 2022年3月17日)

脚注

関連項目

外部リンク

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