トッド・カニンガム
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エンゼルス時代(2016年7月8日) | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | アラバマ州カルフーン郡ジャクソンビル |
| 生年月日 | 1989年3月20日(36歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 205 lb =約93 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投両打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2010年 MLBドラフト2巡目 |
| 初出場 | 2013年7月30日 コロラド・ロッキーズ戦 |
| 最終出場 | 2016年7月25日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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トーマス・デビッド・カニンガム(Thomas David Cunningham, 1989年3月20日 - )は、アメリカ合衆国アラバマ州カルフーン郡ジャクソンビル出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。
プロ入りとブレーブス時代
2010年のMLBドラフト2巡目(全体53位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、6月10日に契約。契約後、傘下のA級ローム・ブレーブスでプロデビュー。65試合に出場して打率.260・1本塁打・20打点・7盗塁の成績を残した。
2011年はA+級リンチバーグ・ヒルキャッツで87試合に出場し、打率.257・4本塁打・20打点・14盗塁の成績を残した。
2012年はAA級ミシシッピ・ブレーブスで120試合に出場し、打率.309・3本塁打・51打点・24盗塁の成績を残した。
2013年はAAA級グウィネット・ブレーブスで開幕を迎え、7月30日にリード・ジョンソンが故障者リスト入りしたため、ブレーブスとメジャー契約を結んだ[1]。同日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビュー。7回裏に代打として出場し、ジェフ・フランシスから左前安打を記録した[2]。昇格後は6試合に出場したが、8月11日にジェラルド・レアードが故障者リストから復帰したため、AAA級グウィネットへ降格した。8月23日に再昇格し、2試合に出場したが、無安打と結果を残せず、28日にAAA級グウィネットへ降格した[3]。この年メジャーでは8試合に出場して打率.250の成績を残した。
2014年2月25日にブレーブスと1年契約に合意[4]。3月20日にAAA級グウィネットへ異動した。この年はメジャーでプレーできず、AAA級グウィネットで120試合に出場して打率.287・8本塁打・58打点・19盗塁の成績を残した。
エンゼルス時代
2015年10月9日にウェイバー公示を経てロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した[5]。
2016年4月2日に40人枠を外れる形で傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズへ配属された[6]。6月11日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした。6月18日に戦力外となり、21日に40人枠を外れる形でAAA級ソルトレイクへ配属された。7月6日に再びメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りしたが、26日に戦力外となった。その後はシーズン終了までAAA級ソルトレイクで過ごし、10月3日にFAとなった[7]。
カージナルス傘下時代
2016年11月18日にセントルイス・カージナルスとマイナー契約を結び、2017年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[8]。
2017年は開幕から傘下のAAA級メンフィス・レッドバーズでプレーした。
ドジャース傘下時代
2017年7月10日に金銭トレードで、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[7]。移籍後は傘下のAAA級オクラホマシティ・ドジャースでプレーし、移籍前を含めた2球団合計で96試合に出場して打率.284・4本塁打・31打点・7盗塁の成績を残した。オフの11月6日にFAとなった[7]。
パイレーツ傘下時代
2017年12月7日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結び、2018年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[7]。
2018年は開幕から傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンスでプレーした。
ホワイトソックス傘下時代
2018年4月26日に後日発表選手とのトレードで、シカゴ・ホワイトソックスへ移籍した[9]。移籍後は傘下のAAA級シャーロット・ナイツでプレーしていたが、5月15日に自由契約となった[7]。
独立リーグ時代
2018年5月29日にアトランティックリーグのシュガーランド・スキーターズと契約し、2試合に出場した[10]。6月2日にアメリカン・アソシエーションのカンザスシティ・ティーボーンズと契約。6月のリーグ月間MVPを獲得するなど、83試合に出場し打率.333、4本塁打、47打点、17盗塁という好成績を残したが、2019年2月17日に現役を引退を発表した[11]。
現役引退後
2019年はロサンゼルス・エンゼルス傘下A級インランド・エンパイア・シックスティシクサーズのコーチを務め[11]、この年限りで退団。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013 | ATL | 8 | 8 | 8 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | .250 | .250 | .250 | .500 |
| 2015 | 39 | 93 | 86 | 13 | 19 | 4 | 0 | 0 | 23 | 4 | 2 | 1 | 0 | 0 | 5 | 1 | 2 | 17 | 1 | .221 | .280 | .267 | .547 | |
| 2016 | LAA | 20 | 29 | 27 | 5 | 4 | 3 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1 | .148 | .179 | .259 | .438 |
| MLB:3年 | 67 | 130 | 121 | 20 | 25 | 7 | 0 | 0 | 32 | 5 | 2 | 2 | 1 | 0 | 6 | 1 | 2 | 26 | 3 | .207 | .256 | .264 | .520 | |
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 中堅(CF) | 左翼(LF) | 右翼(RF) | |||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2013 | ATL | - | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | |||||
| 2015 | 2 | 13 | 1 | 0 | 1 | 1.000 | 22 | 31 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2016 | LAA | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | 17 | 9 | 2 | 1 | 1 | .955 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- |
| 通算 | 3 | 13 | 1 | 0 | 1 | 1.000 | 44 | 50 | 2 | 1 | 1 | .981 | 7 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
背番号
- 30(2013年 - 同年途中)
- 57(2013年途中 - 同年途中)
- 59(2013年途中 - 同年終了)
- 26(2015年)
- 37(2016年)