トミー・レイン

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生年月日 (1984-11-02) 1984年11月2日(41歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
190 lb =約86.2 kg
トミー・レイン
Tommy Layne
ボストン・レッドソックス時代
(2015年5月1日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミズーリ州セントルイス
生年月日 (1984-11-02) 1984年11月2日(41歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 MLBドラフト26巡目(全体793位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名
初出場 2012年8月14日 アトランタ・ブレーブス
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム イタリアの旗 イタリア
WBC 2017年

トーマス・ケビン・レインThomas Kevin Layne, 1984年11月2日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス出身のプロ野球選手投手)。左投左打。

プロ入りとダイヤモンドバックス傘下時代

2007年MLBドラフト26巡目(全体793位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名され、6月11日に契約。この年は傘下のパイオニアリーグのルーキー級ミズーラ・オスプレイ英語版でプロデビュー。16試合に先発登板して4勝8敗・防御率4.63・66奪三振の成績を残した。

2008年はA級サウスベンド・シルバーホークス英語版でプレーし、35試合(先発13試合)に登板して6勝5敗・防御率3.44・71奪三振の成績を残した。

2009年はまずA+級バイセイリア・ローハイドでプレーし、29試合(先発4試合)に登板して4勝2敗・防御率2.86・43奪三振の成績を残した。8月にAA級モービル・ベイベアーズへ昇格。6試合に先発登板して0勝3敗・防御率4.94・24奪三振の成績を残した。

2010年はAA級モービルでプレーし、26試合に先発登板して12勝7敗・防御率3.74・91奪三振の成績を残した。

2011年はAA級モービルとAAA級リノ・エーシズでプレー。AAA級リノでは32試合(先発15試合)に登板して10勝7敗・防御率6.21・56奪三振の成績を残した。

2012年はAAA級リノでプレーし、5試合(先発4試合)に登板して0勝2敗・防御率10.35・14奪三振の成績を残した。

パドレス時代

パドレス時代(2012年9月11日)

2012年5月2日にトレードで、サンディエゴ・パドレスへ移籍した。移籍後はAAA級ツーソン・パドレスで5試合に登板したが、0勝2敗・防御率10.35と結果を残せず、6月にAA級サンアントニオ・ミッションズへ降格。AA級サンアントニオでは32試合に登板。8月14日にパドレスとメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[1]。同日のアトランタ・ブレーブス戦でメジャーデビュー。6点ビハインドの8回裏から登板し、1回を無安打無失点に抑えた[2]。9月4日のロサンゼルス・ドジャース戦では、同点の延長10回裏から登板し、1回を無安打無失点3奪三振に抑え、直後の11回表にパドレスが勝ち越したため、メジャー初勝利を挙げた[3]。この年メジャーでは26試合に登板して2勝0敗2セーブ・防御率3.24・25奪三振の成績を残した。

2013年3月9日にパドレスと1年契約に合意[4]。3月29日にAAA級ツーソンへ異動し、そのまま開幕を迎えた。AAA級ツーソンで19試合に登板後、5月24日にメジャーへ昇格[5]。5月26日のダイヤモンドバックス戦に4回1死から登板したが、2.1回を3安打1失点で負け投手となり、翌27日にクレイトン・リチャードが故障から復帰したため、AAA級ツーソンへ降格した[6]。6月1日にヒューストン・ストリートが故障で離脱したため、メジャーへ昇格[7]。昇格後は5試合に登板し、計3.1回を無失点に抑えていたが、6月14日にストリートが復帰したため、AAA級ツーソンへ降格[8]。6月24日にマイルズ・マイコラスが故障で離脱したため、メジャーへ昇格[9]。3試合に登板したが、計1.2回で3失点と2敗目を喫し、6月28日にAAA級ツーソンへ降格した[10]。選手枠が拡張された9月1日に再昇格した[11]。この年は14試合に登板して0勝2敗・防御率2.08・6奪三振の成績を残した。オフの10月25日にDFAとなり[12]、11月4日に40人枠を外れる形でAAA級ツーソンへ降格した[13]。11月5日にFAとなった。

レッドソックス時代

2013年11月10日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ。

2014年はAAA級ポータケット・レッドソックスで開幕を迎え、30試合に登板して5勝1敗6セーブ・防御率1.51と好投。7月5日にダブルヘッダーでロースターの枠が空いたため、レッドソックスとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[14]。同日のボルチモア・オリオールズ戦・ダブルヘッダー第二試合で3点ビハインドの6回2死から登板し、0.2回を無安打無失点に抑え[15]、7月6日にAAA級ポータケットへ降格した。8月1日に再昇格した後は、ワンポイントリリーフを中心に30試合に登板。喫した自責点が僅か2、防御率0.95という驚異的な成績を記録した。

2015年は、前年から倍増以上、チームではアレクシー・オガンドと並び最多タイの64試合に投げた。しかし、防御率で自己ワーストの3.97を記録するなど、やや低調だった。

2016年、リリーフ陣の一角として34試合に登板したが、防御率3.77・WHIP1.43と、やや精彩を欠いた。8月2日にDFAとなり、6日に自由契約となった[16]

ヤンキース時代

2016年8月9日にニューヨーク・ヤンキースと契約した。宿敵のヤンキース加入後は、29試合にリリーフ登板。2勝1セーブ・防御率3.38・WHIP1.06と好投した。シーズントータルでは、63試合のリリーフ登板で2勝1敗1セーブ・防御率3.63・38奪三振という成績だった。

2017年はシーズン前、第4回WBCイタリア代表として参加した。シーズンでは19試合に登板して防御率7.62と不振で、6月11日にDFA[17]、13日に40人枠を外れる形で傘下のAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースへ配属された。7月5日に自由契約となった[16]

ドジャース傘下時代

2017年7月19日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、傘下のAAA級オクラホマシティ・ドジャースへ配属された[16]。 8月1日に自由契約となった。

レッドソックス傘下時代

2018年2月24日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ。怪我のため1試合も出場できず、5月18日に自由契約となった[18]

カージナルス傘下時代

2018年6月15日、セントルイス・カージナルスとマイナー契約を結んだ。11月2日に一旦自由契約となった後、11月6日に再契約を結んだが、2019年7月3日に自由契約となった。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 SD 26000020271.0006816.2903032500663.240.72
2013 1400000200.000398.2101502610422.081.73
2014 BOS 3000002109.6677619.01408111420420.951.16
2015 6400002119.66720747.24132722451022213.971.43
2016 3400000102.00012028.22711421251012123.771.43
NYY 290000201101.0006716.01027121310663.381.06
'16計 63000021112.66718744.23732133382018183.631.30
2017 1900000002----6313.016180190012117.621.85
MLB:6年 216000085439.615640149.21278726121376066603.611.33
  • 2020年度シーズン終了時

背番号

  • 40(2012年 - 2013年)
  • 59(2014年 - 2016年途中)
  • 39(2016年途中 - 2017年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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