トーマス・ポート
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トーマス・プラット・ポート(Thomas Pratt Poate, 1848年 - 1924年7月)は、イギリス出身のアメリカ・バプテスト教会の宣教師である。「東北の開拓者」と呼ばれる。
1848年にポーツマス近郊で生まれる[1]。オックスフォード大学で薬物学を学び中退する[1]。香港を経由して、1870年に商社員として来日する[1]。
1875年に文部省お雇い教師として来日する。1875年9月には東京英語学校の教員になり英語を教える。1877年2月には東京大学予備校に移動して、1879年アメリカ・バプテスト教会の宣教師になり、1879年12月30日に按手礼を受けた。
1879年に当時長老教会の宣教師だったベル・マーシュ(Belle Marsh, 1847-1896)と結婚した[2][3]。
1880年より東北伝道を始めて、1月25日に盛岡浸礼教会(現内丸教会)を組織する[4]。5月には古川の御代川で清野供之進、池田清道らにバプテスマを授けた。
7月に夫人やクララ・サンズを伴い3回目の東北伝道に向かった[4]。
10月には仙台市の広瀬川で3名に洗礼を授け、仙台浸礼教会(仙台ホサナ教会)を組織した。さらに、花巻浸礼教会を設立した。
1882年3月にも東北伝道を再開、4月に宮城県柳津、5月に山形県酒田に教会を設立した。
1882年12月には八戸教会(現日本バプテスト連盟八戸バプテスト教会)を設立した。
1884年10月に横浜バプテスト神学校(関東学院神学部)の設立の際に、教会史の教授になる。1886年アメリカに戻る。1887年岩手県尋常中学校の教師になるが排斥運動のために、1890年に尋常中学を解職される。
1891年ネイサン・ブラウンの新約聖書を改訂するために東京に移転する。
1892年にアメリカに帰国する。1924年7月13日に76歳で死去した[1]。
脚注
- 1 2 3 4 大島良雄「T・P・ポート小伝」『日本につくした宣教師たち』ヨルダン社、1997年。
- ↑ 齋藤元子「女性宣教師ベル・マーシュ―その書簡にみる米国長老教会女性海外伝道協会の特徴―」『横浜プロテスタント史研究会報』No. 59、横浜プロテスタント史研究会、2016年、1-2頁。
- ↑ 齋藤元子 訳「バラ学校を支えた二人の女性 ―ミセス・バラとミス・マーシュの書簡―」『明治学院歴史資料館資料集』第10集 (1)、明治学院歴史資料館、2015年、1-79頁。
- 1 2 大島良雄「盛岡における宣教師の活動 1880–1934」『キリスト教徒と文化』第3号、関東学院大学キリスト教と文化研究所、2005年、45-56頁。
参考文献
- 『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年
- Stebbins, Richard Poate (ed.), The Japan Experience-The Missionary Letters of Belle Marsh Poate and Thomas Pratt Poate, 1876-1892, Peter Lang, 1992.