ドゥルガー

ヒンドゥー教の戦いの女神 From Wikipedia, the free encyclopedia

ドゥルガーサンスクリット語: दुर्गा, Durgā)は、ヒンドゥー教女神である。その名は「近づき難い者」を意味する[1]デーヴァ神族より生み出されアスラ神族と戦った[1]シヴァ神の神妃とされ[1]パールヴァティーと同一視された[2]

デーヴァナーガリー दुर्गा
位置づけ デーヴィーアンビカー英語版チャンディー英語版パールヴァティー、シヴァのシャクティ
武器 三叉戟円盤、弓と矢筒、法螺貝など
概要 ドゥルガー, デーヴァナーガリー ...
ドゥルガー
戦いの女神
ドゥルガー
マヒシャと戦うドゥルガーの像
デーヴァナーガリー दुर्गा
サンスクリット Durgā
位置づけ デーヴィーアンビカー英語版チャンディー英語版パールヴァティー、シヴァのシャクティ
武器 三叉戟円盤、弓と矢筒、法螺貝など
配偶神 シヴァ
ヴァーハナ またはライオンドゥン
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起源

ドゥルガーはヴィンディヤヴァーシニー(「ヴィンディヤー山に住む女神」の意)とも呼ばれるように、本来はヴィンディヤー山の住民に崇拝された処女神であり、悪魔を殺したり、酒や肉、獣類の犠牲を好む女神だったと考えられる[3]。後に『マハーバーラタ』では、困難から人を救い、特に広野で迷ったり大海で難破した人々を救う女神として崇められた[3]。本来は生育、豊穣の女神だったという説もある[4]

また、ヴェーダ期の後期に編纂された『タイッティリーヤ・アーラニヤカ』には、ドゥルガーと同じ意味のドゥルギーという女神の名が記載されており、同書ではプラーナ文献においてドゥルガーと同一視されるアンビカーがルドラ(シヴァの原型)の妻とされている[1]

マイソールの丘に造られた砦の名前にドゥルガーに関連すると思われるものがあり、これが女神の起源に関わっているとする説もある[1]

容姿

その姿は敵が一見して魅惑されてしまうほど美しいといわれる[1]。10本の腕に武器を持ち[2]もしくはライオンに乗る姿で描かれる[1]

神話

神話によると、アスラ神族の王マヒシャがアスラの軍勢を率いて神々と戦い、天界に住んでいたデーヴァ神族を追放してしまった[1]。敗れたデーヴァ神族はシヴァとヴィシュヌに助けを求め、それを聞いたシヴァとヴィシュヌは怒り、光を発した[1]。他の神々も光を発し、光が一つに集まり女神ドゥルガーが生まれた[1]。ドゥルガーはアスラ神族討伐のためデーヴァ神族から以下のものを授かった[1][5]

さらに見る 授かったもの, 与えた神 ...
授かったもの与えた神
三叉戟(トリシューラ)シヴァ[1]
円盤(チャクラム)クリシュナ(ヴィシュヌ)[1]
法螺貝ヴァルナ[1]
アグニ[1]
弓と(2つの[5])矢筒マールタ(ヴァーユ[1]
雷(ヴァジュラ[5])と鈴インドラ[1]
ヤマ[5]
ヴァルナ[1]
水瓶ブラフマー[1]
色褪せない蓮華の花輪[1]
斧と種々の武器、貫かれることのない鎧ヴィシュヴァカルマン[5]
ライオンと宝石ヒマヴァット[1]
酒に満たされた杯クベーラ[1]
宝石の付いた蛇の首飾りシェーシャ[1]
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ドゥルガーはアスラ神族の軍勢を次々と殲滅し、最後に水牛の姿をしたマヒシャを討ち取った[1]。ドゥルガーは様々な像で表現されるが、シヴァの三叉戟でアスラ(マヒシャ)にとどめをさす図マヒシャースラマルディニーが最もよく見られる姿である[3]。これらの神話はヒンドゥー教の聖典マールカンデーヤ・プラーナの一部、デーヴィー・マーハートミャ(女神の偉大さ)に綴られている[1]

シュムバ、ニシュムバとの戦いでは、怒りがドゥルガーの顔を黒く染め[1]、額から女神カーリーを生み出した[6]。さらにドゥルガーは、シュムバ、ニシュムバを倒すために10の姿をとるといわれる[3]

名称

ドゥルガーと呼ばれるようになったのは10世紀以降であり、本来はチャンディーまたはチャンディカー(「気性の激しい女」の意)と呼ばれていたと考えられている[5]。ドゥルガーという名称は、退治したアスラの名を自らの名前にしたのだとされる[4]。また、チャームンダーとも呼ばれる[注 1]。ドゥルガーの9つの化身はナヴァ・ドゥルガー英語版(「9つのドゥルガー」の意)と呼ばれる[1]。また、カーララートリとも同一視される[8]ヴィカラーラー(Vikarālā、「恐るべき者」の意)という別名もある[9]

仏教においては准胝観音になったという説もある[4]。漢訳仏典では突伽天女突伽天神塞天女と呼ばれる[10]

信仰

アーシュヴィン月(9 - 10月)に行われるナヴァラートラ祭はドゥルガー・プージャーとも呼ばれ、インド最大の行事といわれる[3]。1日から10日にわたって行われ、特にベンガル地方では盛大に執り行われている[3]。月例祭の8日とドゥルガーがマヒシャに打ち勝った記念日の10日が重視される[3]

ドゥルガーを扱った画像

脚注

関連項目

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