ニルス・ルズヴィ・ヴェスタゴー
From Wikipedia, the free encyclopedia
ヴェスタゴーはコペンハーゲンに生まれた。1833年にコペンハーゲン大学に入学して古ノルド語とサンスクリットを学んだ後、1838年にボン大学でクリスチャン・ラッセンにアヴェスター語とペルシア語を学んだ。友人にオットー・フォン・ベートリンクがいた[2]。パリ、ロンドン、オックスフォードでサンスクリット写本を研究した後、1839年にコペンハーゲンに戻った[3]。
1841年から1844年にかけてインドとイランを旅行した。パールシーについてアヴェスター語とパフラヴィー語を研究し、ゾロアスター教経典の写本を入手した。また、ペルセポリスやナクシェ・ロスタムの楔形文字碑文を模写した[4]。
帰国後、コペンハーゲン大学の講師の職を得た。1845年に員外教授、1850年にインド・東洋文献学の正教授に昇任した。1867年から翌年にかけては学長をつとめた[5]。
