ネ201 (エンジン)
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ネ201は、石川島芝浦タービン(石芝)が大日本帝国陸軍向けに試作したターボプロップエンジン。実際に航空機へ装備されることはなく、試作のみに終わった。
東京帝国大学航空研究所の粟野誠一所員によって1942年(昭和17年)7月に発表された論文『ロケット推進と組合わせた航空用燃焼ガスタービンの熱力学的性能』の内容に基づき[1]、同年9月に陸軍は石芝に対してターボプロップエンジンの開発を求め[1][2]、同年12月には概略計画の完了とともに、第2陸軍航空技術研究所からの[3]試作指示がなされた[4]。この時点での呼称は「ハタ1」だったが、後に「ネ201」に改称されている[1][3]。完成後にはキ201戦闘襲撃機に装備することが考えられていた[3][4]。
石芝と陸軍第2航技研の他、粟野所員ら東大航研の人員も開発をバックアップしており、1943年(昭和18年)2月の統合会議で[3]19段の軸流圧縮機を備える[3][4]エンジンの基本が決定された後、技術的問題点の洗い出し・解消などを経て、同年5月以降に試作品の材料加工や組み立てが始められた[5]。
1944年(昭和19年)7月には初号機完成と[4]試運転準備に漕ぎ着け[6]、同年10月には本格的な地上運転を開始したが[4][6]、同年12月30日に行われた回転数1,500 rpmでの試運転時に圧縮機の動翼と静翼が飛散する[7]事故を起こした[4][7]。その後、異物混入を事故原因と判断した上で1945年(昭和20年)4月には再度の試運転が行われたが、これも計器故障によって停滞した。ドイツからBMW製ジェットエンジンの資料が到着し、軍がターボプロップエンジン開発に消極的になったこと、直後に石芝で始まった「ネ130」の開発に人員が割かれたことも影響して[8]、太平洋戦争の終戦に至るまで初期試運転段階を脱することはなかった[1]。
なお、ネ130も開発の初期には「ネ201II」と呼称されていた[9]。